救われた命(信次目線)
時は遡って、スクランブル交差点事故から4時間半前。
僕はのばらから買い物を頼まれていたんだ。
「信次、受験勉強で忙しいのは知ってるんだけど、買い物頼んでも宜しいかしら?」
「およ? この前のばらが買い物行ったばかりだよね」
事実冷蔵庫の中には、食材も揃ってるし、わざわざ買い足す必要はないはずなんだけど。
「深川先生が明日の夜ご飯に、カツ丼作りたいらしいですの。でも、豚肉と卵が足りなくて」
「カツ丼!!! それはすぐ買い足しに行かなきゃ」
「ごめんなさいね、今日中番だから買いに行けなくて。お願いしますわ」
「じゃあ近くのスーパーで……」
「百貨店で買ってきて欲しいのですわ。美味しいの食べたいのですわ。のばらの名前を言えば、お肉や卵も安心して買えますわ」
「解った。美味しいの買ってくるね」
そんな訳で兄貴達にご飯を食べさせた後、粗方の家事をした後、ちょい勉強して、のばらに言われたとおり百貨店まで飛んで、豚肉と卵を買いに出かけた。
いやあ、飛ぶと5分で行けるんだよね。百貨店。
そうだ、のばらから百貨店で買い物する時は、のばらの名前を出すと良いよって言われてたし、伝えてみようかな?
「いらっしゃいませー」
「すみません、僕、冴崎のばらさんの家族の者なんですが」
「ああ、時任信次様ですね。のばら様の彼氏って言えば良いのに。すぐコンシェルジュを手配致しますね」
一言余計なお姉さんに素性が知られてるのは兎も角、コンシェルジュって?
僕がクエスチョンマークを頭に浮かべていると、そのコンシェルジュさんがやってきた。
「時任様、私コンシェルジュの梅野と申します。宜しくお願いします」
「時任信次です。全然訳が解らないです!」
「どのような物をお求めですか?」
「豚肉と卵。あ、豚肉はカツ丼用です」
こんなの伝えて何になるんだろう?
「美味しいカツ丼が出来る豚肉と卵を見繕いますね。お店の案内をします」
「あ、案内してくれるんだ。有難う御座います」
確かに百貨店は入り組んでいるから、最適解、案内ををしてくれるのはありがたいや。
「では、精肉店に参りましょう。こちらです」
ほええ、流石百貨店。精肉店もあるのかあ。
美味しい豚肉が買えたらいいな。
辿り着いた精肉店で、僕はお店の人に相談する。
「すみません、カツ丼作るんですが、適したお肉はありますか?」
「それでしたら、厚切りの豚ロースがありますよ。三元豚で肉質もバッチリです!」
「では、それを20枚ください」
カツ丼なら最低5杯はおかわりするし、最低限の枚数だね。
先月節約したし、今月はちょっと贅沢してもいいよね。
お店の人と梅野さんは凄く驚いた顔をしてたんだけど、なんでだろ?
肉の数が少なすぎてビビったのかな?
「お肉お持ちしますね。沢山買いましたね」
「いやあ、全然少ないですよ。6杯お代わりは厳しいくらいですし」
「ろ、6杯……」
ああ、やっぱり少なすぎるんだ。僕、少食だもんなあ。普通は10杯くらい余裕だろうし。
でも、引かれるほど少ないとは思わなかったよ。もっと食べられるようになりたいな。
「つ、次は卵を探しましょうか。卵専門店もありますよ」
「お、いいですね。良い卵があるといいな」
僕達が50mほど歩いた先に、卵専門店はあった。
「こちらが卵専門店です」
「おお。色々揃ってるなあ」
高級卵が沢山揃ってる。カツ丼にはどれが合うのかな? 聞いてみよう。
「すみません、カツ丼を作るんですけど、どの卵が1番合いますか?」
「どの卵でも美味しいけど、オランダ原産のネラって卵は最高に美味しいですよ。うちでもやっと入荷出来たんですが、日本では数も少ないんですよ」
「お、美味しそうですね。その卵40個ください」
「そ、そんなにないですよ! 半分は有名どころだけど烏骨鶏の卵にしてみては?」
「では、それでお願いいたします」
本当に貴重な卵なんだなあ、ネラって卵。
食べた事ないから楽しみだなあ。
いや、それ以前に烏骨鶏の卵も食べた事ないや。中々に豪勢だなあ。
「ふー、いい材料が手に入って良かった!」
「買いすぎな気がしなくもないですが、良かったですね」
「え、そうかな?」
「豚肉と卵は、入口までお運び致しますね」
「梅野さん、有難う御座いました」
僕は買った物を抱えて、区内のスクランブル交差点の真上を飛ぶ。
「ふー、空を飛べて良かった。結構な量になったし」
時刻は16時5分。良い息抜きにもなったよ。
帰りはゆっくり空散歩してから帰ろうかな。
すると、僕の目に、見たくなかった映像が映る。
「あ、兄貴!」
兄貴があの九久平に殴られてる。何で兄貴を殴ってんだよ、馬鹿野郎。
兄貴の手を掴んでた亜美は、その衝撃で吹っ飛ばされてる。
亜美はそのまま尻餅をついてた。
あの馬鹿馬鹿野郎、亜美にまで危害を加えて……。
歩行者信号は赤。兄貴は気を失ったのか、スクランブル交差点に放り出された。
大型トラックも迫ってきてる。危ない!
「うらあ!!」
僕は異能を最大限に使って音速近くのスピードで飛ぶ。
あの時は無意識にそうしたと思う。
「間に合え!」
高まった異能のおかげで、兄貴を瞬時の所で掴むことに成功した。
「危なかった……」
速さと勢いがあったせいか、兄貴のスマホと僕の買った豚肉と卵達は落ちちゃったけど。
翼は無意識化だけど、能力を最大限に出した為か、鋼鉄の頑丈なものに生え変わっていた。
僕が5歳の時に生えた翼と一緒だ。あの時とは違って、ちょうどいいや。
僕は掴んだ兄貴を、とあるビルの屋上まで運ぶ。怪我はないだろうか。
九久平のやつ、狙うなら僕を狙えよ。何で兄貴を襲うんだよ。バカバカバカ。
大体お前が首になったのも自業自得なのに。
それよりも兄貴だ。良かった、脈はある。気を失ってるだけみたい。
ただ、殴られた結果出来たたん瘤が痛そうだ。
「のばらの言うとおり、百貨店で買い物してなかったら……」
僕は急に青ざめる。九久平のやつは逆恨みする馬鹿馬鹿馬鹿野郎だけど、兄貴を殴った際に捕まってたし、それより兄貴を、兄貴の命を助けられて良かった。
僕じゃなきゃ、助けられなかったもん。
のばら、ありがとうね。
「う、うう……」
あ、兄貴が起きそう。翼を隠さなきゃ。翼を消して。
あれ、翼が閉じられないし、消せない。いつもなら消せるのに……。
のばら「異世界転生した訳じゃなかったんですわね」
作者「ちゃうゆーたやろ!」