正夢(重ためエピソード)
「それじゃおやすみ、京平」
「おやすみ、亜美」
結局料理会は日曜日で確定して、私達は明日のデートに備えて早めに寝る事にした。
何処に行くんだろ? 明日が楽しみだなあ。
そうやってわくわくした気持ちのまま、京平に抱きしめられて眠りに着いた私はまた夢をみた。
私は京平とデートをしていた。区内のスクランブル交差点かな?
そこを大型トラックが横切っていく最中、京平が誰かに押されて道路に飛び出していく。
危ない! 私は慌てて京平の腕を引っ張るんだけど、間に合わなくて……。
京平が、轢かれてしまった。
そこで私は目を覚ます。正確には、泣いてしまった。
「うわああああああああん、京平があああああ」
最悪だ。今まで見てきた京平が死んだ夢ランキングの中でも、1位に君臨するレベルだよ。
助けられなかったし、ありがとうすら言えずに、跡形も残さず死んでしまうんだもん。
「亜美、大丈夫、俺生きてるからさ」
「京平、えぐえぐ。私、助けられなくて」
「いつも助けて貰ってるよ、ありがとな」
その後も京平は優しい声で慰めてくれたんだけど、あまりに夢がリアルだったから中々泣き止めなくて。
京平の腕の中で、泣きながら眠りに着いた。
悪夢の続きを見る事は無かったけど、夢で見た事故の映像が脳裏にずっとこびり付いて。
「ずっと側にいるから、大丈夫だよ。亜美」
◇
先に目を覚ましたのは私だった。私が泣いてる間、京平はずっと私の頭を撫でながら優しい声を掛け続けてくれたから。
心配させてごめんね、京平。ただの夢なのに、ずっと泣いててごめんね。
「亜美、大丈夫だよ、すー」
寝ながらも心配してくれてるや。ありがとね。
こんなひどい夢を見てしまったし、今日は家でのんびり過ごしたほうがいいかなあ。
今日のデートプランは知らないけど、プラン次第では全然有り得てしまう夢だったし。
でも、久しぶりのデートなのに、夢に左右されるのもムカつく話だよね。
楽しく遊びたい。うん、楽しくデートしたい!
こんな時は、デートのコーディネートを考えながら、京平が起きるのを待とうかな。
正確には昨日のばらが、5通りくらい考えてくれた中から選ぶだけだけども。
のばら、本当にありがとう。私、本気でセンスないからなあ。
さーて、どれにしようかな。って、思ったけど、何処行くか聞いてないから、選びようがないじゃん。
んもー。いいや、京平と一緒に寝ちゃお。
良い夢見れますように。出来れば京平が王子様みたいな格好して、迎えに来てくれる夢とかさ。
私は京平を抱きしめて、布団に潜り込むのであった。
「ありがとね、京平」
寂しかったから、こっそりキスをして。
◇
「おはよ、亜美。そろそろ起きよ」
「むにゃ、おはよ。京平。今何時?」
「12時。早めに寝たのが良かったかな」
「ごめんね、昨日は泣いちゃって」
「俺が死ぬ夢で亜美が泣くのはいつもの事だし、謝んなよ」
そのいつも、を大幅に越えて泣いちゃったんだけど、ね。
「今日は何処行くの?」
「美術館。亜美、綺麗な絵を見るの好きだろ」
「うほ。それは楽しみ! 服どれにしようかな」
美術館なら綺麗めな服でも大丈夫だね。でも歩くし、動きやすいのにしようかな?
「このセットが好きだな、俺は」
「あ、私もそれにしようと思ってたから嬉しいな」
変なとこで気持ちが通じ合うね。
そんな訳で私達は着替えて朝ご飯を食べた後、区内へ向かう電車に乗るため駅へと向かった。
「どんぶらこっこ、どんぶらこっこ」
「何歌ってんだ? 亜美」
「いやあ、電車に乗ると揺れるよなあ、って」
「なんか亜美らしいな」
こんな歌を歌いながら、気を紛らわせたかった。
あの悪夢の映像が目覚めても浮かんで、朝ご飯に泣いちゃって、信次にも心配させちゃったしね。
折角のデートだし、悪夢は忘れて楽しまなきゃ!
私の不安定さを京平も察してくれて、いつもより強く手を繋いでくれた。
側に居てくれてありがとね、京平。今日は楽しもうね。
えっと綺麗な絵って事は、ルネサンス時代の展示かなあ。好きなんだよなあ。
でも京平の思う綺麗と、私の思う綺麗はやっぱり違うだろうしなあ。
どんな綺麗なんだろう? それも含めて楽しみだな。
こうして駅に着いて電車に乗ったけど、やっぱ土曜の昼間だし混み合ってるなあ。
「亜美、気をつけろよ」
「京平が庇ってくれてるから大丈夫だよ」
「それなら良かった」
満員電車で苦しいだろうに、京平ってば私の無事を確認すると、笑うんだもん。愛されてるな、私。
今日初めて、私も笑った。
「やっと笑ってくれた」
凄く安心した声で言うもんだから、思わず私は照れてしまう。
不意打ちすぎるよ、こんなの。
いつだって優しいんだもん。
満員電車はどんぶらこっこと揺れながら、目的地に辿り着いた。
美術館に行く事自体、結構久しぶりだなあ。
小さい頃はよく連れてきてくれたもんね。
それで絵画にも興味を持ったんだ。
「どんな催し物をやってるのかな?」
「入ってからのお楽しみだな」
美術館は駅近なので、もうすぐ辿り着く。
どんな絵が見れるのかな。わくわく。
「さ、美術館に着いたぞ」
「お、確かに綺麗な絵。と言うより、力強い個性的な絵だよね」
美術館の催し物は、ゴッホ展だった。
実は私の最推し絵師なので、嬉しすぎて思わず笑った。
どんな絵を集めたんだろう。楽しみだなあ。
日本でゴッホが見られるのは貴重だよね。
「ポストカードとか売ってるかな。楽しみ」
「チケット買ってくるな」
「あ、私も行くよ」
「いいから、待ってて。並んでるしな」
日本でゴッホが見れるとあって、確かに大勢のお客さんで賑わっていた。
それなら、と、私は入り口近くの売店を覗いてみる。
お、ポストカード、ひまわりもたくさん種類がある。
お、おお、しかも星月夜もある。今回見れるのかなあ。だとしたら嬉しいな。
ポストカード、好きな絵もあったし、帰りに忘れずに買わなきゃ。
「亜美、お待たせ」
「京平、ありがとね」
京平は私にチケットを渡すと、また手を繋いでくれた。
私の顔も大分柔らかくなってきたからか、今度は優しく手を握る。
そして、微笑み掛ける。
「ゴッホ展、どの絵が集まってるかなあ」
「今回はかなり集めたらしいからな。楽しみ」
美術館も頑張ったんだなあ。
こうして私達はチケットを見せて、美術館の中へ入っていく。
入っていくと、星月夜が私達を迎えてくれた。
よく借りれたよなあ、星月夜。
ゴッホの表現が、思考が伝わってくる絵だから、すごく好きなんだよね。
うねる空が本当にいいんだよな。
生でこれが見れたのは嬉しいなあ。
じっくり見てるから京平を待たせちゃうかな、と心配になったんだけど、京平は見てる私を見てるみたい。
京平、絵、見ようよー!
続いて、夜のカフェテラス。
石畳の陰影と光のコントラストも綺麗だし、空の描き方もゴッホらしくて好きだなあ。
この作品も、生で見れるなんて感激。
京平は、やっぱり私を見てるんだよな。
ちょっと照れてきたぞ。おばか。
ひまわりも6つある。
それぞれのひまわりに個性があって、でも花びらの力強さはゴッホらしくて好き。
初めて見るひまわりもあって、気持ちも上がったよ。
京平と目が合ったんだけど、私を見て微笑んでくれた。私も笑い返したよ。
そっか、私の笑顔を見たかったんだね。
ゴッホの絵を見られて幸せだし、何より京平と一緒に見られてるのが嬉しいよ。
私の事を考えてくれてありがとね。
◇
こんな感じでぐるっと一周じっくり見て、ゴッホ展を見終えた。
ポストカードも沢山買えたぞ。数枚は信次へのお土産。信次もゴッホ好きだからね。
のばらにも買ってったけど、気に入ってくれるかな?
5月までやってるみたいだから、信次も受験が終わったら見に行けるといいな。
じっくり見たから、今は16時。有意義な時間だったなあ。
「折角区内まで来たし、喫茶店にでも行くか」
「コーヒー美味しいとこあるかな?」
「俺が知ってる範囲内だけど、良いとこ知ってるから連れてくよ」
京平と喫茶店に行くのは久しぶりだなあ。
私も京平の影響でコーヒー好きだから、楽しく飲めたらいいな。
帰りにコーヒー豆も買っていこう。
「このスクランブル交差点を一直線だぞ」
「お、その店は知らないかも。楽しみ」
私達は信号が変わるのを待ちながら、笑いながら話していた。
京平と美味しいコーヒーが飲めたらいいな、って話し合っていたんだ。
そんな時だった。京平と繋がっている手が離れたと思ったら、激しい力が京平に加わって、京平の身体がスクランブル交差点に押されていく。
「京平!」
「亜美!」
私は京平の手を掴んで、こっち側に戻そうとするんだけど、京平を押す力がとても強くて。
私は離してはいけないその手を、また離してしまった。
私の身体は強い力で、吹き飛ばされてしまう。
立ち上がれない。京平の手を、掴めない。
「死ね! 深川!!」
「うっ……」
その声と大きな音に周りの人も気付いて、その声の主は捕えられたのだけど、京平の身体がこっち側に戻らない。
京平、気を失ってる。さっきの奴に殴られたみたいだ。
殴られた京平の身体は、瞬く間にスクランブル交差点に飛び出していく。
そしてーー。大型トラックが目の前を横切る。
「京平ーー!!!」
正夢になってしまった。京平が、轢かれてしまった。
と、思ったんだけど、何やら様子がおかしい。
京平に気付いていた大型トラックの運転手は、急ブレーキを掛けたのだけど、肝心の京平が見当たらない。
京平の血痕すらなくて、あるのは潰れた京平のスマホと、なぜか転がってる豚肉や卵が入ったこちらも潰れた買い物袋。
トラックの運転手曰く、トラックの下にも居ないみたい。
「人居たよな?! 俺、それでブレーキ踏んだぞ?」
「うそ、京平、どこ?」
のばら「深川先生、異次元転生したのかしら?」
風太郎「や、この場合は、異次元ワープじゃな」
作者「なろうなんですが、京平は異次元に行った訳じゃないです。次回のお楽しみ!」