表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天然で鈍感な男と私の話  作者: 九條リ音
お正月モード
125/238

敗北者の痛み(友目線)

「それじゃあ、また病院で。たまには蓮とのばらさん交えて遊びましょうね」

「友、ありがとね!」


 僕は振り返らず前へ進む。精一杯引き摺ってる癖に、精一杯泣いてる癖に、震えも止まらなかった癖に。

 でも、隠せたかな。隠せてるといいな。亜美を傷付けたく無かったんです。


 亜美に振られた夜は、眠れなかった。

 なんのやる気も起きなくて、ただごろんと横になって。

 少しだけやる気が出たらお風呂に入る。10分くらいで終わりますし。

 一人暮らししてて良かった。こんな泣き顔、誰にも見られたく無かったですから。


 それから暫くは、病院でもいつもの作り笑いが悪化して、普通に無理をしてしまう。

 眠れて2時間、眠れずに完徹。普通に働くのさえキツかったけど、失恋で穴を開けて良いほど、軽い仕事じゃないですから。

 

 看護師長に相談して、暫くは亜美とシフト被らないようにして貰いました。

 その方が少しは眠れたし、まだ亜美に会うと震えてしまう僕がいたから。


 お昼休みはボーっとしてました。それが今の僕の平常でした。気合いをいれなきゃ、表情すら作れなくて。終いには、泣いてしまうし。


「友、無理してるだろ。早退した方がいいんじゃ」

「ありがと、蓮。大丈夫ですよ。患者様の為に頑張ります」


 蓮が心配してくれたのが唯一の救いでした。

 蓮の言葉で、頑張る気力が湧いたから。


 馬鹿亜美。僕だってずっと好きだったんですからね。

 些細な事で亜美をいじめてしまったのに、負けじと喰らい付いて来て、と、思ったら無理してて。

 そんな姿がいじらしくて、気付いたらすきになってて、寝てる亜美にコートまで掛けて。

 器用じゃないんですよ、僕。

 友達になってから早々に、一緒に暮らしてる京平が好きだなんて言われた僕の気持ち、解りますか!

 しかも、話す内容大体深川先生の話で。

 本当の事を言うと、付き合えないだろうなとはかなり前から思っていて。


 その癖、友達として遊びに誘う事も出来なくて。

 亜美が深川先生に誤解されたら嫌だろうな、とか、余計な遠回りをしたりして。

 せめて誘えば、いや誘っても何も変わらなかったと思います。

 友達としての距離を縮めたい訳じゃなかったので。


 器用じゃ無いと言えば、夜勤の件も亜美を思っての事だったのですが、逆効果になってしまいました。

 亜美を頑張らせすぎてしまった。最低ですね、僕。

 そのせいで昔から憧れていた深川先生にも、嫌われてしまいましたしね。

 実は最初医師を志していたのも、深川京平の存在があったからで。

 異能のスペシャリストで、誰よりも患者様目線で。

 結局、看護師になりましたが、尊敬している気持ちだけは今でも変わらないんです。


 ◇


 ふう、今日も仕事が終わった。


 今日は中番。お風呂入れるのでしょうか。何時間ボーっとすればいいのでしょうか。

 いつになったら、亜美と友達になれるのでしょうか。

 まだだめですね。だって、思うだけで泣いてしまうほど、愛してるから。

 今僕の願いは、亜美に笑顔でいて貰うことなんです。

 だから、自分の気持ちには蓋をする。

 そして、2度と開けられないように放り投げて。

 なんて、出来ない癖に何言ってるんでしょうね。

 それが出来たら、こんなに泣いてないですよね。


 そう言えば、今日は元旦でした。

 年が上げても踏ん切りが付かないなんて、とんだ大馬鹿野郎です。

 しかも、明日はどうしてもって言われて、亜美と一緒の勤務になりました。

 亜美に会ったら、何を話せばいいのでしょう。

 振られてからライムの一つも送れてませんしね。

 せめて久々にライムでも送りましょうか。


『明日は久々に一緒の勤務ですね。宜しくお願いします』


 久々のライムなのに、凄い他人行儀ですよね。でも、これが今の僕には精一杯なんです。ごめんなさい、亜美。

 でも少しだけ前に進めた気がします。この気持ちのまま、お風呂に入ります。

 矛盾しているんですが、あんなに亜美を遠ざけているのに、会えるのが嬉しい僕も居て。

 結局愛してるを引き摺ってるんですよね。

 全ての気持ちを、洗い流せたらいいのに。


『うん。宜しく!!』


 ふふ、ライムですら亜美は優しいですね。


 ◇


 結局眠れませんでした。

 気付いたら亜美の事を考えて泣いてました。

 ちっとも前に進めていませんね。同じ所をうろうろしてるだけなんです。

 しかもとんでもなく自己中で。最低ですね。


 食欲もないから、ゼリー飲料を無理矢理流し込んで。

 食欲なくても栄養摂らないと、倒れてしまう職業ですからね。

 そろそろ睡眠もしっかり取らないとまずいのですが。いかんせん眠気が来ないんです。


 さて、病院に行きますか。家から徒歩15分。歩ける距離に病院があるのは、有難いですね。

 亜美とは何か話せるでしょうか。傷付く顔は見たく無いから、無理にでも笑っていなきゃですね。

 大丈夫、これでも演技派ですから。


 朝、病院に着くと、蓮が満面の笑みでおはようをくれました。

 気がかなり張っていたので嬉しかったですよ、蓮。


「友、今日も眠れてないみたいだな。今日こそ早退した方が」

「動けますので大丈夫ですよ。蓮こそ眠たそうです」

「ああ、昨日は休みで年明けパーティに行きまくったしな」

「ふふ、蓮らしいですね」


 亜美に会う前に蓮に会えて良かった。元気貰えました。

 最近いつものように心配かけさせてしまっていて、申し訳ないです。


「おはようございます!」

「おはようございます」


 あ、亜美と深川先生が来ました。


「え、友、その髪どうしたの?!」

「本当だ、バッサリ行ったな」

「ああ、久々に顔合わせますもんね。ヘアードネーションしたんですよ。結構高く売れました」


 嘘。ただ失恋して髪を切りに行ったら、ヘアードネーションを勧められただけです。

 クリスマスイブに髪を切りに行く虚しい男になりました。


「見慣れないけど似合ってるじゃん」

「それなら良かったです」

「端正な顔立ちしてるもんな」


 深川先生にそう言われると、正直イラっとしますが、「ありがとうございます」と、返しました。

 

「大丈夫か、かなり寝不足だろ」

「ご心配なく。白いのは元々ですから」

「俺の担当に着いて貰おうかな。俺ならある程度は対処出来るし。看護師長にそう言っとくわ」


 白いのは元々って言ってるじゃないですか。なんて、寝不足なのがバレたのはこれで2人目です。

 深川先生、やっぱり恐ろしい人です。


「マイクでの患者様の呼び出しも、俺がやるから安心しろよ」

「京平の呼び出し声、聞きたい」

「亜美は自分の担当の医師をサポートしな」

「有難う御座います。深川先生」


 僕が振られた原因はこの人なんですが、どこまでも優しいからやっぱり尊敬してるし、嫌いになれなくて。

 納得はしているんです。こんな素敵な深川先生なら亜美も惚れて、愛して当然だと。

 でも、苦しい物は苦しいんです。


 ◇


 看護師ミーティングは滞りなく終わり、深川先生の説得で、僕は深川先生の担当になりました。

 亜美は、蓮の担当みたいですね。


「今日は年明け最初だけど、俺の担当少ないから、昼には寝とけよ。早めに休憩出すから」

「眠れたらいいんですけどね」


 ん、僕は深川先生に何を言っているんでしょうか。

 確かに眠れないのは事実ですが、今までそれは蓮にも隠して来たのに。


「そっか、ゆっくりやるから無理すんなよ」

「ああすみません、全然大丈夫です。普通にやってください」


 慌てて自分の言葉を掻き消すんだけど、深川先生はそんな僕をにっこりと見つめてくる。

 目でも無理すんなって言われてますね。

 こうして、今日の僕の仕事が始まりました。


「10番の患者様、23番診察室までお入りください」


 今日初めての患者様は、2型糖尿病の患者様ですね。

 投薬治療と運動療法を行ってる患者様で、ヘモグロビンA1cを下げるべく頑張ってらっしゃる。


「血液検査の結果をみると、7.0ですね。少し下がって来ましたね」

「やっと6台見えてきたよお。もっと頑張らなきゃ」

「頑張っていらっしゃいますし、栄養指導も受けてみますか?」

「お願いします!」

「では、この後予約入れさせて頂きますね」


 前回がヘモグロビンA1cが7.5の中、0.5下げたのはすごいですね。

 治療に前向きになってる患者様を見ると、嬉しい気持ちになります。


「運動は何をされましたか?」

「深川先生に言われた通り、ゆっくりランニングに変えたらダイエット出来て、血糖値も良くなりました!」

「もう体重は適正体重になりましたし、激しいランニングに戻しても良さそうですね」


 努力の成果が出てくれて良かったです。

 表情も生き生きとされてますしね。


「そう言えば、紅白でバウディーズ聞きましたよ。生歌はより上がりますね」

「でしょー? 深川先生もこのままハマっちゃえ」


 今日はゆっくりだから、いろんな話をされてるな、深川先生。

 でも、話一つ一つで患者様の笑顔が増えて来ていますね。


「今回もいつもの薬出しますね。他に何か変わった事は無かったですか?」

「大丈夫。いつもありがとね」

「お大事に。こちら次回の予約票です」

「お疲れ様でした」


 こうして、最初のお客様が終わりました。

 深川先生、ほとんど僕に仕事させませんでしたね。


「これくらいなら大丈夫だね。さっきのお疲れ様良かったよ」

「有難うございます」


 久しぶりだったけど、深川先生に着かせて貰えて良かったです。

 大切な事を思い出せた気がして。

作者「暫くは友くんの物語をお楽しみください」

友「愛しちゃいけないって辛いです」

蓮「無理すんなよ、友」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ