敗北者の痛み(友目線)
「それじゃあ、また病院で。たまには蓮とのばらさん交えて遊びましょうね」
「友、ありがとね!」
僕は振り返らず前へ進む。精一杯引き摺ってる癖に、精一杯泣いてる癖に、震えも止まらなかった癖に。
でも、隠せたかな。隠せてるといいな。亜美を傷付けたく無かったんです。
亜美に振られた夜は、眠れなかった。
なんのやる気も起きなくて、ただごろんと横になって。
少しだけやる気が出たらお風呂に入る。10分くらいで終わりますし。
一人暮らししてて良かった。こんな泣き顔、誰にも見られたく無かったですから。
それから暫くは、病院でもいつもの作り笑いが悪化して、普通に無理をしてしまう。
眠れて2時間、眠れずに完徹。普通に働くのさえキツかったけど、失恋で穴を開けて良いほど、軽い仕事じゃないですから。
看護師長に相談して、暫くは亜美とシフト被らないようにして貰いました。
その方が少しは眠れたし、まだ亜美に会うと震えてしまう僕がいたから。
お昼休みはボーっとしてました。それが今の僕の平常でした。気合いをいれなきゃ、表情すら作れなくて。終いには、泣いてしまうし。
「友、無理してるだろ。早退した方がいいんじゃ」
「ありがと、蓮。大丈夫ですよ。患者様の為に頑張ります」
蓮が心配してくれたのが唯一の救いでした。
蓮の言葉で、頑張る気力が湧いたから。
馬鹿亜美。僕だってずっと好きだったんですからね。
些細な事で亜美をいじめてしまったのに、負けじと喰らい付いて来て、と、思ったら無理してて。
そんな姿がいじらしくて、気付いたらすきになってて、寝てる亜美にコートまで掛けて。
器用じゃないんですよ、僕。
友達になってから早々に、一緒に暮らしてる京平が好きだなんて言われた僕の気持ち、解りますか!
しかも、話す内容大体深川先生の話で。
本当の事を言うと、付き合えないだろうなとはかなり前から思っていて。
その癖、友達として遊びに誘う事も出来なくて。
亜美が深川先生に誤解されたら嫌だろうな、とか、余計な遠回りをしたりして。
せめて誘えば、いや誘っても何も変わらなかったと思います。
友達としての距離を縮めたい訳じゃなかったので。
器用じゃ無いと言えば、夜勤の件も亜美を思っての事だったのですが、逆効果になってしまいました。
亜美を頑張らせすぎてしまった。最低ですね、僕。
そのせいで昔から憧れていた深川先生にも、嫌われてしまいましたしね。
実は最初医師を志していたのも、深川京平の存在があったからで。
異能のスペシャリストで、誰よりも患者様目線で。
結局、看護師になりましたが、尊敬している気持ちだけは今でも変わらないんです。
◇
ふう、今日も仕事が終わった。
今日は中番。お風呂入れるのでしょうか。何時間ボーっとすればいいのでしょうか。
いつになったら、亜美と友達になれるのでしょうか。
まだだめですね。だって、思うだけで泣いてしまうほど、愛してるから。
今僕の願いは、亜美に笑顔でいて貰うことなんです。
だから、自分の気持ちには蓋をする。
そして、2度と開けられないように放り投げて。
なんて、出来ない癖に何言ってるんでしょうね。
それが出来たら、こんなに泣いてないですよね。
そう言えば、今日は元旦でした。
年が上げても踏ん切りが付かないなんて、とんだ大馬鹿野郎です。
しかも、明日はどうしてもって言われて、亜美と一緒の勤務になりました。
亜美に会ったら、何を話せばいいのでしょう。
振られてからライムの一つも送れてませんしね。
せめて久々にライムでも送りましょうか。
『明日は久々に一緒の勤務ですね。宜しくお願いします』
久々のライムなのに、凄い他人行儀ですよね。でも、これが今の僕には精一杯なんです。ごめんなさい、亜美。
でも少しだけ前に進めた気がします。この気持ちのまま、お風呂に入ります。
矛盾しているんですが、あんなに亜美を遠ざけているのに、会えるのが嬉しい僕も居て。
結局愛してるを引き摺ってるんですよね。
全ての気持ちを、洗い流せたらいいのに。
『うん。宜しく!!』
ふふ、ライムですら亜美は優しいですね。
◇
結局眠れませんでした。
気付いたら亜美の事を考えて泣いてました。
ちっとも前に進めていませんね。同じ所をうろうろしてるだけなんです。
しかもとんでもなく自己中で。最低ですね。
食欲もないから、ゼリー飲料を無理矢理流し込んで。
食欲なくても栄養摂らないと、倒れてしまう職業ですからね。
そろそろ睡眠もしっかり取らないとまずいのですが。いかんせん眠気が来ないんです。
さて、病院に行きますか。家から徒歩15分。歩ける距離に病院があるのは、有難いですね。
亜美とは何か話せるでしょうか。傷付く顔は見たく無いから、無理にでも笑っていなきゃですね。
大丈夫、これでも演技派ですから。
朝、病院に着くと、蓮が満面の笑みでおはようをくれました。
気がかなり張っていたので嬉しかったですよ、蓮。
「友、今日も眠れてないみたいだな。今日こそ早退した方が」
「動けますので大丈夫ですよ。蓮こそ眠たそうです」
「ああ、昨日は休みで年明けパーティに行きまくったしな」
「ふふ、蓮らしいですね」
亜美に会う前に蓮に会えて良かった。元気貰えました。
最近いつものように心配かけさせてしまっていて、申し訳ないです。
「おはようございます!」
「おはようございます」
あ、亜美と深川先生が来ました。
「え、友、その髪どうしたの?!」
「本当だ、バッサリ行ったな」
「ああ、久々に顔合わせますもんね。ヘアードネーションしたんですよ。結構高く売れました」
嘘。ただ失恋して髪を切りに行ったら、ヘアードネーションを勧められただけです。
クリスマスイブに髪を切りに行く虚しい男になりました。
「見慣れないけど似合ってるじゃん」
「それなら良かったです」
「端正な顔立ちしてるもんな」
深川先生にそう言われると、正直イラっとしますが、「ありがとうございます」と、返しました。
「大丈夫か、かなり寝不足だろ」
「ご心配なく。白いのは元々ですから」
「俺の担当に着いて貰おうかな。俺ならある程度は対処出来るし。看護師長にそう言っとくわ」
白いのは元々って言ってるじゃないですか。なんて、寝不足なのがバレたのはこれで2人目です。
深川先生、やっぱり恐ろしい人です。
「マイクでの患者様の呼び出しも、俺がやるから安心しろよ」
「京平の呼び出し声、聞きたい」
「亜美は自分の担当の医師をサポートしな」
「有難う御座います。深川先生」
僕が振られた原因はこの人なんですが、どこまでも優しいからやっぱり尊敬してるし、嫌いになれなくて。
納得はしているんです。こんな素敵な深川先生なら亜美も惚れて、愛して当然だと。
でも、苦しい物は苦しいんです。
◇
看護師ミーティングは滞りなく終わり、深川先生の説得で、僕は深川先生の担当になりました。
亜美は、蓮の担当みたいですね。
「今日は年明け最初だけど、俺の担当少ないから、昼には寝とけよ。早めに休憩出すから」
「眠れたらいいんですけどね」
ん、僕は深川先生に何を言っているんでしょうか。
確かに眠れないのは事実ですが、今までそれは蓮にも隠して来たのに。
「そっか、ゆっくりやるから無理すんなよ」
「ああすみません、全然大丈夫です。普通にやってください」
慌てて自分の言葉を掻き消すんだけど、深川先生はそんな僕をにっこりと見つめてくる。
目でも無理すんなって言われてますね。
こうして、今日の僕の仕事が始まりました。
「10番の患者様、23番診察室までお入りください」
今日初めての患者様は、2型糖尿病の患者様ですね。
投薬治療と運動療法を行ってる患者様で、ヘモグロビンA1cを下げるべく頑張ってらっしゃる。
「血液検査の結果をみると、7.0ですね。少し下がって来ましたね」
「やっと6台見えてきたよお。もっと頑張らなきゃ」
「頑張っていらっしゃいますし、栄養指導も受けてみますか?」
「お願いします!」
「では、この後予約入れさせて頂きますね」
前回がヘモグロビンA1cが7.5の中、0.5下げたのはすごいですね。
治療に前向きになってる患者様を見ると、嬉しい気持ちになります。
「運動は何をされましたか?」
「深川先生に言われた通り、ゆっくりランニングに変えたらダイエット出来て、血糖値も良くなりました!」
「もう体重は適正体重になりましたし、激しいランニングに戻しても良さそうですね」
努力の成果が出てくれて良かったです。
表情も生き生きとされてますしね。
「そう言えば、紅白でバウディーズ聞きましたよ。生歌はより上がりますね」
「でしょー? 深川先生もこのままハマっちゃえ」
今日はゆっくりだから、いろんな話をされてるな、深川先生。
でも、話一つ一つで患者様の笑顔が増えて来ていますね。
「今回もいつもの薬出しますね。他に何か変わった事は無かったですか?」
「大丈夫。いつもありがとね」
「お大事に。こちら次回の予約票です」
「お疲れ様でした」
こうして、最初のお客様が終わりました。
深川先生、ほとんど僕に仕事させませんでしたね。
「これくらいなら大丈夫だね。さっきのお疲れ様良かったよ」
「有難うございます」
久しぶりだったけど、深川先生に着かせて貰えて良かったです。
大切な事を思い出せた気がして。
作者「暫くは友くんの物語をお楽しみください」
友「愛しちゃいけないって辛いです」
蓮「無理すんなよ、友」