亜美とのばらのそれは重い(京平目線)
「もしもし、お父さん」
『京平か。元気そうだな』
「今は亜美を抱いてるし、超元気だよ」
今日の亜美は甘えてくれるし、今もなんだかんだで抱きしめさせてくれるから嬉しいな。
多分、あの日が近いんだろうけど、ね。
『ごめんな、実は身体が怠くて、先に話したい事話しちゃうな』
「体調悪い時にごめんな、お父さん。というか、お父さんからも話したい事って?」
『実は最近、奈美……亜美と信次の母親から、私に連絡があったみたいなんだ』
え、亜美と信次とお父さんを捨てたあの女が、今になって? 父さんは話を続けた。
『私は医者から奈美との接触は禁じられてるから、直接は話してはいないんだが、留守電に信次を引き取りたいって入っていて……』
「え、また何で急に。信次は渡さねえよ。何考えてんだ」
ふざけんな。俺達の仲をそう簡単に引き裂かれてたまるかよ。
『私も同意だよ。信次を捨てた奈美に、信次を育てる資格なんてない。けど、私が連絡しない事で、そっちに奈美が行くかもしれないから、その時は私の代わりに頼んだよ』
お父さん、疲れ切ってるだろうに、声が真摯だ。だよな、信次を守りたいよな。
「当たり前だろ。追い返してやるよ。信次には、この事伝えていい?」
『ああ、信次にも警戒しといて欲しいからね』
「解った。じゃあ、また明日連絡するから、お父さんは安心して寝るんだぞ」
『ありがとな、おやすみ。京平』
お父さん、信次は俺が守るから、安心してくれよ。
「え、いま、あの女からお父さんに連絡来たって……」
「ああ、しかも信次を引き取りたいだとよ。何考えてるんだか」
「信次の頭の良さに目を付けたのかなあ。最悪だよ……」
そういえば、飛び級試験の願書提出締切は昨日だったな。
信次と海里くんの願書は、俺が間違いなく事務局に手紙で送ったし。
昔は担任管理だったのに、今は個人管理だからなあ。願書提出。
その事を母親という立場を利用して、担任にでも聞いたのか?
でも、今になって連絡する、という所が腑に落ちない。
信次が頭良いのは、今に始まった事じゃないからな。
しかも、頭良い=お金が稼げる、ではあるけど、その前に掛かる金は中々な額で。
俺も奨学金返すの、時間掛かったしな。
金目当てなら、大学卒業後を狙うだろうし、やっぱりこの時期なのが解らない。
「どっちにしても、僕は絶対あの女のとこには行かないよ」
「あ、信次」
「聞いてたのか」
「うん、脱衣所で聞いてたよ」
信次、いつの間にお風呂行ってたんだ。しかも1人でか。可哀想だな、受験生。
亜美と風呂に入れる俺は幸せだな、なんて。
「僕は医者になるし、兄貴と亜美と、そしてお父さんと一緒に暮らすって夢があるから」
「のばらもいますわ!」
「だね、のばらもいるしさ」
「ですわ。あ、のばらお風呂入りますわね」
のばらさんは空気を読んだのか、お風呂に入りに行った。
「あ、俺も信次の部屋で勉強するっす」
おや、珍しいな。海里くんまで空気を読むとは。
「信次、ずっと一緒だからね!」
「当たり前でしょ。家族なんだから」
「皆、ずっと一緒に居ような」
俺達は抱きしめ合った。大切な家族を、壊させたりするもんか。
「それより、お父さん、京平と電話替わった時には怠かったみたいだね」
「あの女の件もあったし、抑うつ症状が出てるんだろうな。お父さん、気を失うタイプだから」
「京平に助けて貰った時も、意識飛んでたもんね」
「お父さんを悩ませて、最悪だよ」
元々鬱症状に悩んでたお父さんが、より苦しみかねないネタをぶち込んでくれたよな。
お父さん、不眠症もあるから、寝付けたら良いのだけど。
そんな最低な女でも、愛してるんだよな。愛って難しい。
亜美も信次も、優しい子に育ってくれて本当に良かった。
そんな亜美と信次の優しさに、俺は助けられてるから守りたいのだし。
2人には、このまま育って欲しいな。傷付いて欲しくない。だから、守る。
「2人は俺が守るからな。安心しろよ」
「私も京平と信次を守るもん!」
「亜美は無理しないでよ」
「はは、言えてる」
「ぶー!」
こういう時、亜美は無理しがちだからな。鳴きたくなかったら、そういうとこ反省するんだぞ。
「愛してるぞ、亜美、信次」
「私も!」
「僕だって!」
◇
今日は色々あったから、勉強は程々にして、早めに寝ることにした。
特に信次の事が心配になる。警戒して欲しくて伝えはしたけど、受験に影響しなければ良いが。
「京平、気難しい顔してるよ?」
「ああ、信次の事が心配でさ」
「私達で守っていけば大丈夫だよ。信次だって、ここに居たいんだし」
俺は、「そうだよな」って頷く。俺達の絆だって、柔なもんじゃないしな。
「家の鍵は京平が来た時に取り替えたけど、暗号とかも仕掛けた方がいいかな?」
「ほう、例えばどんな?」
「亜美と京平はラブラブです!」
「却下。恥ずかしすぎるだろ」
全く亜美と来たら、こっちは真剣に悩んでるというのに。
でも、そんな所も亜美の良い所だよな。
「難しく考えてもしょうがないよな。おいで、亜美」
「うん」
こういう時こそ、亜美を抱きしめたくなるよ。
その温もりに、何度も癒されてる。
ダメだ、止まんねえや。俺は亜美にキスをした。深く、深く。
キスをした後、亜美はいつも以上にとろんとして、なんだか可愛い。
感じてくれてるのかな、まだまだいくよ。
止まらなくなった俺は、亜美の全身にキスをする。俺の亜美、愛してる。
「京平、お返し」
とろんとした亜美は、俺に激しく口付けをしてくれた。嬉しい事してくれるじゃん。
お互いにキスをし合って、感じ合って、とろけ合って。そうなると答えは1つだ。
「亜美」
「京平」
「「いいかな?」」
ふふ、考えてる事は同じだったか。一緒にまったりしような。
◇
翌朝、珍しく先に目覚めたのは俺だった。
昨晩はとろけるように2人で繋がり合って、お互い微笑みながら眠りにつけた。
俺は亜美をギュッと抱きしめた。
包み込むように、愛しさを込めて。
「京平、おはよ……お腹痛くて怠い」
「だから昨日言っただろ、もう生理来るぞって」
「ドンピシャで当たってびっくりしてるよ」
亜美の生理周期は、少し人よりのんびりで34日。
それに、やたら甘えてきたから、俺にはお見通しだった。
「イヴ持ってくるよ。後は水だろ?」
「うん、お腹痛いから、水は多めにね」
亜美の生理は毎回重そうだからなあ。
初日からこんなに辛そうなのは、本当に可哀想。
そろそろ産婦人科で診て貰った方がいいかもしれないな。
「ちょっと待ってろよ」
今は6時。少し寝過ごしたかな。
今日は亜美のそばにいてあげたい。生理の時の亜美は特にそうしたがるから。
俺がリビングに向かうと。
「のばら、大丈夫? 薬飲んで寝てて良いよ」
「ごめんね、生理で辛いのですわ……」
「のばらさんも生理なの?」
のばらさんは洗濯物を干してたみたいなんだけど、お腹の痛みに耐えかねて座り込んだみたいだ。
信次が薬と水を持って来てる。
「亜美もか。兎に角のばらは休む事。いいね?」
「解りましたわ。薬が効いたら手伝いますわ」
「だーめ、初日でそれは重すぎるから、朝ごはん食べたら緊急外来行くからね」
「俺、産婦人科の先生いるか、連絡取るわ。と、その前に、亜美にも薬と水持っていかなきゃ」
俺は水とイヴを持って、亜美の元に向かう。
亜美はかなり苦しそうにしてる。亜美も緊急外来に連れていかなきゃだな。
「はい、水とイヴね。ご飯も持ってくるから」
「ありがとね……今回はかなり重いなあ」
亜美に薬を飲ませた直後、のばらさんもやってきた。
「亜美と一緒に寝てるよう言われましたわ」
「あ、じゃあ私京平の布団で寝てよ。落ち着くし」
「その方がありがたいですわ。亜美のがすきだもの、のばら」
「どっちでもいいじゃん」
「「よくない!」」
「ですわ!」
体調良くないのに、細かい事気にするなあ。へいへい、どうせ俺はおっさんの匂いですよーだ。
でも、亜美は俺の匂いで落ち着くのか。なんか嬉しいな。おっさんの匂いなのに。
「じゃあ、ご飯持ってくるからな」
「のばらは生理でも食欲あるほう?」
「ですわ」
「はは、私も!」
良かった。2人とも食欲はあるみたい。信次の事だから、もう朝ご飯は出来てるかな?
「兄貴、亜美とのばらにご飯持ってって」
「朝の家事全部やらせちまって、申し訳ないな」
「ううん、のばらも手伝ってくれたから。あんなに体調悪そうだったのに」
「おい信次、今日は俺も手伝ったぞ!」
今日は3人で朝の家事をやってくれたみたいだな。
「2人ともありがとな」
「今日の味噌汁は俺作だぜ」
「キッチン広くなって使いやすくなったよ。あ、今日はだし巻き卵と塩鮭焼いたよ。と、ほうれん草のお浸し」
実は昨日かつどんやにしたのも、広くなりたてのキッチンを、最初に信次に使って欲しかったからなんだけど、使い心地は良かったみたいだな。
「2人とも先食べててな」
「ありがとね。兄貴のコーヒー、もう淹れてあるからね」
何から何までありがたいな。そう思いながら、俺は2人のお姫様のご飯を運ぶ。
「亜美、のばらさん、お待たせ」
「ありがとね、京平。今日も美味しそう!」
「元気が出ますわ」
「「いただきます」」
と、2人がご飯食べてる間に、産婦人科の先生が出勤されてるか確認するか。
俺は緊急外来の内線へ電話する。
『もしもし、緊急外来受付の加藤です』
「お疲れ様、内科主任部長の深川です」
『深川先生、おはようございます』
今日は加藤さんが受付か。それなら話は早いな。
「実は家族が生理痛が辛そうなんだけど、今日って産婦人科担当出来る先生いる?」
『はい、午前中でしたら御手洗先生がいます』
「じゃあ、早めに病院行くね」
『あ、御手洗先生から、深川先生も来てね。ですって』
「普通に付き添いで行くつもりだったけど、了解。ありがとね」
よし、御手洗先生がいるなら、生理の相談は問題ないな。午前中しかいないみたいだから、早めに行かなきゃな。
亜美達の具合はどうかな?
「うーん、塩鮭の焼き具合も最高だし、だし巻き卵、出汁の加減最高すぎる。お浸しも美味しいし、お味噌汁はいつもと味違うけど、これはこれで美味しい」
「お味噌汁は海里くんが作ったのですわ」
「嘘、海里くん料理上手なんだね」
薬が効いて来たかな。さっきよりは笑顔も増えて来た。
でも、怠いのはあるだろうから、タクシー呼ぼうかな。辛いのは辛いだろうしな。
「朝ご飯終わったら、2人とも緊急外来に連れてくからな。一応タクシー呼んどく」
「ああ、ありがとう。タクシー助かる」
「ですわあ」
「俺も朝ご飯食べてくるよ」
本当は亜美と一緒に食べたいんだけど、のばらさんの前でイチャイチャするのは恥ずかしいからな。素直に1人で食べるとするか。
俺は食卓に向かう。
「信次、ご飯ありがとな。亜美達、美味しそうに食べてたよ」
「緊急外来には連れてくの?」
「うん、さっきタクシー呼んだから、タクシー着き次第連れてくよ。15分後くらいかな。産婦人科の先生もいたしな。と、いただきます」
うーん、信次のコーヒーは相変わらず美味い。気持ちも落ち着く。
とは言え、亜美達に何かしらの病気がないかは、正直不安になる。
生理が重たい時って、何かしらの病気が孕んでいる場合が多いからな。
「不安になるよね、やっぱり」
「まあな。のばらさんは知らないけど、亜美は前々から辛そうだったし」
辛いのは亜美達なのに、俺が不安がってどうするよ。
解っているけど、だし巻き卵の味が解らなくなってきた。心配しすぎだろ、俺。
「僕も病院着いてっていい? 亜美とのばらが心配なんだ」
「いいぞ。信次も心配だよな」
「あの俺も病院に……」
「海里くんは自習、な」
俺は海里くんに手作りの問題集を渡して、ニヤリと笑う。
海里くんは勉強しないとまずいからな。
「ごちそうさま。そろそろタクシーも来てるかな?」
窓を覗くと、丁度タクシーがやって来た所だった。
ふう、なんとかご飯は食べられたけど、食べた気がしないなあ。気にし過ぎだろ、俺。
食器を流しに置いた後、俺は亜美とのばらさんの様子を確認する。
「亜美、のばらさん、そろそろ病院行くけど、タクシーまで歩けるか?」
「怠いけど歩けるよ」
「のばらも、タクシーまでくらいなら」
でも、そういう2人の顔は真っ青で。
そういう時は、甘えていいんだぞ?
俺は、亜美をお姫様だっこする。
「ちょ、京平ってば!」
「信次、のばらさん頼んだぞ」
「の、のばらは大丈夫ですわ」
「嘘、のばら顔真っ青じゃん。無理しないでよ」
我慢は良くないぞ。お姫様方。俺達は、タクシーまで亜美達を運んだ。
詰め詰めなんだけど、4人で後ろの席に座る。
「五十嵐病院までお願いします」
生理がキツい時は、お腹を温めると良いから、俺は亜美のお腹に手を当てた。亜美は既に、膝掛けで温かくしてたけどね。
「のばら、膝掛け貸してあげよっか?」
「亜美、ありがとね。でも、信次の手が温かいから大丈夫ですわ」
「それなら良かった」
信次も既に生理は勉強済みか。よく解ってるじゃん。左手に腹巻き持ってるし。
のばらさん用に持って来たんだろうな。
「ありがとね京平、ちょっと楽になったよ」
「薬飲ませたけど、正直まだ痛いだろ?」
「うん、飲む前よりはいいんだけどね」
「水も飲んどけよ」
生理は女性には誰でもある事。でも見るからに2人とも元気ではなさそうだ。
重い病気が無い事を祈るのと、改善方法があるかどうか、だな。
余程の事がない限りは、低用量ピルを処方されて様子見かな。
低用量ピルなら、糖尿病の亜美でも服用可能なものもあるし、亜美は肥満体型でもないしな。
そして、俺達はあっという間に病院に辿り着いた。
徒歩5分は、タクシーだと30秒だな。信号もないし。
「ほら、亜美。おんぶ」
「照れ臭いけど、背に腹はかえられない。よいしょ!」
「のばらたち、すっぴんパジャマで来ちゃいましたわ!」
「体調悪いんだから仕方ないよ。よっこらしょ」
「ちょ、のばらはおんぶを許可してませんわ!」
そういえば亜美達をそのまま抱っこしてきたから、亜美達着替えてもないし、すっぴんだよな。
でも2人ともそんなに変わらないな。
2人の知り合いに会わないといいけど。
青い顔してんのに、おんぶを恥ずかしがるのばらさんを無視して、俺達は緊急外来の待合室に着いた。
受付は事情を説明して、それぞれ俺が行う。
保険証も2人は今月中に診察してるから、提示不要だしな。
そして順番待ちの間、亜美とのばらさんはソファに寝かせた。
俺は亜美に膝枕をする。小さい時以来だな、こういうの。
「京平、イヴ追加で飲んじゃだめ?」
「ダメ、副作用出るだろ。用法容量を守りなさい」
「うう。痛いよお」
「カイロ持って来たから、お腹温めるよ。水も飲みな」
亜美に飲ませたイヴは効き目の強いイヴだったんだけど、それでも痛みが消え切らないのか。
それはのばらさんも同じみたいで、信次が腹巻きをのばらさんのお腹の上に被せて、カイロを手に持って対処していた。
2人とも仲が良いけど、生理のタイミングや症状まで一緒だなんてな。
亜美、出来る事なら変わってあげたいよ。
亜美が少しでも楽になるなら、何でもしたかった。
でも、これ以上俺に出来る事はなくて。
あるとしたら副作用覚悟で、亜美にイヴを飲ませるくらい?
バカ、そんな危険な真似出来る訳ないだろ。
内科医だけど、重度のペインコントロールは専門外だし、勉強も出来てない。
患者さんの頭痛時に、カロナールを出すくらいだ。
だから、それも含めて、御手洗先生にお願いするしかない。
くそ、帰ったらペインコントロールの医学書、アマゾムでポチる。悔しすぎる、何も出来ない俺自身が。
「京平、どうしたの? そんな悲しい顔しないで」
「だって俺、医者の癖に、苦しむ亜美を助けられてないじゃん……」
「普通に専門外なんだから当たり前じゃん。私はこうやってお腹温めてくれてるの、すごく嬉しいよ」
「亜美……」
「いつも京平のこの手に、私は助けられているんだよ。ありがとね」
亜美、辛いのに無理して笑うなよ。
いつだって俺を元気付けようとしてくれる。
「京平のおかげで、痛みも大分引いたし、ちょっと寝るね。おやすみ、京平」
「うん、おやすみ、亜美」
亜美、いつもありがとな。愛してる。
のばら「信次、ありがとね。のばらもちょっと寝ますわ。おやすみ」
信次「おやすみ、のばら」
京平「中々呼ばれないなあ」
信次「2人とも辛いとはいえ、ただの生理だからね。トリアージ的にも後ろになるよ」
京平「亜美、助けられなくてごめんな。もっと俺、勉強するから」