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天然で鈍感な男と私の話  作者: 九條リ音
入り乱れる心と心
111/238

番外編:全部手に入れる。

 やあやあ、今晩は。私は小暮菜月。

 五十嵐病院の保育センターで、保育士さんやってる麗しき35歳だよ。

 只今絶賛早番から遅番を通しでやってる!


「小暮さん、明日休みだからって働きすぎですって」

「そういうなよ金ちゃん。人が足りないからしゃーない」

「残業量、小暮さんがダントツですよ」


 今は深夜0時。こんな時間でも、病院でお父さんやお母さんが働いてたら、子供達はここにいる訳で。

 で、私達がお守りをしなきゃいけない訳で。

 皆可愛いやつらばっかなんだけどね。


「ま、今日はりす組皆帰ったから楽な方よ。私はひよこ組にいながら、ぞう組リモートで見てるわ」

「じゃあ、私はあひる組に行きますね」


 ひよこ組、シングルで働いてる方が多いから、遅番率も高いんだよなあ。

 お金稼がなきゃ、食べさせていけないもんね。

 本当に皆様頑張ってるよ。

 私は、そんな皆様の手助けが出来てる事、誇りに思ってるよ。


 そんな私だけど、この後、人生がかかった一大イベントが待っている。

 実は3ヶ月前、別名ゴリラな幼馴染の勝田武から、プロポーズをされたのだが、私が働くのをよく思ってないみたいで、私は返事を先延ばしにしていたのだ。

 先延ばしにしたのは、何を隠そう、私は勝田武の事がずっと前から好きだったから。

 だから、仕事させてくんないなら結婚しない! って、断る事が出来なくて。

 私は今の仕事続けたいし、何なら武の仕事だって手伝いたいよ。そんで武の事も欲しい。強欲だよね。

 

 でも、さっきかつどんやで、信次くんが、正直に話した方が良いよって言ってたし、冴崎さんも全部掴むのですわって励ましてくれたし、私は仕事も武も全部手に入れるんだから!

 そんな訳で仕事が終わったら、武に返事をしに行くのだ。


「びえええー」

「おうおう、ひまりちゃんオムツだね。待っててねー」


 ひよこ組は、今が1番大変な時間かな。赤ちゃんは3時間毎にミルクあげなきゃだしね。

 とは言っても、目を覚ます時間はバラバラだから、飲ませる時間も当然バラバラ。気が抜けないね。

 プラス、夜泣きも多い時間帯でもあるし。

 おっと。そろそろ渉くんと快くんが起きる時間だわ。

 ミルク作らなきゃな。本当人手が足りないー!

 今日休みの子多いから、尚更だなあ。


 ◇


「ふう、落ち着いた。あ、生ちゃんおはよ!」

「小暮さんちっす! まだいらしたんですね」

「金ちゃんは休憩中だかんね」


 金ちゃん事、金田雪さんと、生ちゃん事、生田遥さん。

 2人とも、成長してきてくれて嬉しいな。

 返事が上手くいった暁には、保育センターは早番縛りにして、夜はかつどんやの手伝いをする予定だけど、2人なら遅番も任せられる。

 金ちゃん帰ってきたら、ひよこ組任せてみよ。今後、時任くんを教える役目も任せなくちゃだしね。

 と、名も知らぬ新人くんたちも。マジ来てくれー。


 と、快くんのオムツを変えながら思っていたら。


「あ、小暮さん。本当に働いてたんですね」

「誰かと思えば、かつどんやの成田くんじゃん。どったのん?」

「実はあの後、関取軍団様方がやってきて、店、2時で終わったんすよ。材料切れで。で、店長から伝言預かって来ました」


 成田くんは、私にメモを渡した。


「マジか。そんな夜中に関取さん達が来るなんて大変だったねえ。どれどれ」

「じゃ、俺はこれで」

「ばいばーい」


ーー合鍵で店入ってね。それまで寝てるから起こしてね。


 武ってば、全然後日にしてくれて良かったのに。

 あいつ、待ってるって言ったから、無理してんな。

 疲れてるだろうから、店で寝ないで家に帰ればいいのにさ。

 でも、そんなとこも好きだよ。

 思えば、私達、かなり遠回りしてるよね。


 ◇


 小さい頃から武は、カツ丼の修行を親父さんとしてて、小学校が休みの日は武、修行が辛かったのか、いつも泣いてたな。

 お袋さんも武の小さい頃に亡くなったのもあって、かつどんやの営業中は、私の家に武は預けられてた。

 武は泣き虫だけど、いつも前向きで、口下手だけど優しくて。

 気付いたら惹かれてたんだよね。

 高校は別々になるから、中学の卒業式の日、告白しようとしたんだけど。


「私、武のこと好……もごもご」

「なっちゃん、待ってて。俺から迎えにいく」

 

 武のやつ、告白すらさせてくんなかったんだよね。


 それから親父さんも、武が20歳の頃に、無理が祟って亡くなって。

 でも、泣き虫の武は泣かなくて、心配したっけ。

 結局無理してたみたいで、2人で泣いたよね。


 武はそこから、かつどんやを1人で経営して、今では常連さんで賑わう有名店になったんだよね。


 ◇


 でもさでもさ、私が武に告白しようとしたの、15歳の時だよ?

 それから何年だよ。20年だよ!

 今じゃ私も行き遅れのおばさんだよ。待ってたけどさあああ。

 普通付き合うとかさあ、デートするとかさあ、あるじゃん。

 あいつ、そこら辺すっ飛ばして、プロポーズだもんな。逆に遠回りが過ぎるよね。


 後3時間、いよいよ緊張してきた。

 正直仕事どころじゃないから、楽なぞう組さんみてよ。

 遊生くんがおねしょしてなきゃ、寝かすだけだし。


「ただいまー」


 ちょうど金ちゃんも戻ってきたしね。


「金ちゃん、ひよこ組おねがいね!」

「が、がんばります!!」


 しかし、期待は外れるものである。

 遊生め、こんな日にもおねしょしやがって。


「えっと、パンツパンツ。あった」

「えーん、気持ち悪いよお」


 黙れ遊生、それはてめえのしっこじゃ! とは言わないけど、おねしょの後って、確かに気持ち悪いもんね。

 

「ほら、パンツ脱いで」


 遊生くんはおねしょパンツを脱いで、新しいパンツに着替えた。

 後は替えの服もバッチリ着せて、と。

 とりあえず、布団は予備のを敷くとして、遊生くんの布団とパンツと服は洗濯機にぶち込むかな。

 いまから洗って干せば、明日の夜には乾くしね。

 私は予備の布団を敷いて、遊生くんを寝かしつけた。


「金ちゃん、ぞう組リモートで見てて。私、洗濯機回してくるから」

「遊生くん相変わらずですねえ。いってらっしゃーい」

 

 結局、私の3時間は遊生くんのおねしょの後始末で過ぎ去ったのであった。

 洗濯したり、布団干したり、服やパンツ干したり、ね。

 

 こうして5時になったけど、まだ仕事は終わらない。

 お母さんとお父さんが、子供達を迎えにくるからね。

 明日……もう今日だけど、明日は休みだから、全員を無事親御さんに引き渡すまでが仕事だ。

 休みじゃなきゃ、早番の子が続けて見ることもたまにあるけど、ね。皆様大変だわ。


「天野です、遊生迎えに来ました」

「よっこらしょ。お待たせしました。あと、また替えのパンツと服、持って来て下さいね」

「また漏らしたのね、遊生。すみません、いつもいつも」


 遊生くんはお母さんにおぶわれて帰っていった。

 家でゆっくり寝るんだぞー。


 そんな感じで子供達を見送り終わると、もう6時。そろそろ上がろう。


「皆お疲れ様! 早いとこ上がろっか」

「小暮さんは早く帰って寝てくださいね」

「心配ありがとね! じゃ、お疲れ様ー!」


 私は駆け足でかつどんやへ向かう。

 ああ眠いし呑みたい、けど、今日はそんな事よりも大事な事が待ってる。

 武、長い間お店で待っててくれてありがとね。

 今すぐいくからね。


 かつどんやへ行くと、入り口には張り紙で「材料切れのため、本日は営業終了です」と書かれてる。

 カツ丼楽しみにしてたんだけど、しょうがないな。関取軍団だもんね。

 私は合鍵で、店をあけた。こっそり入らなきゃ。


 えっと、武はどこかな。あ、いたいた。ソファーで寝っ転がってるや。

 身体はかなり大きくなったけど、いびきが煩いのは相変わらずだなあ。

 この大きな身体で、店を切り盛りしてるんだもんね。お疲れ様。

 

 正直、起こすの可哀想なんだけど、寒い店の中で寝かし続ける訳にもいかないしね。


「武、こんなとこで寝たら風邪引くよ。起きて」

「ぐおーすぴーごー」


 熟睡してるよ。相当疲れてるんだろうな。

 仕方ない、こうなったら。


「びよーん」

「痛ええええ。あ、なっちゃん。おはよ」

「店早く閉めたなら、後日でも良かったのに。こんなとこで寝て」


 すると武は、私をギュッと抱きしめた。え、どったのん?


「ごめん。全部聞いてたよ。俺、なっちゃんの気持ち、全然解ってなかった。なっちゃんは仕事、頑張りたいんだよね」

「うん、今の仕事すきだもん。そして、武のこともすきだよ。だから、お店も手伝いたいし」


 武は優しく笑ってくれた。私も思わず笑った。


「なっちゃんが幸せならそれでいいよ。てっきり俺、仕事嫌なのかなって思ってて」

「辛い事もあるよ。でも、好きなの」


 武は真摯な眼をして、私に告げる。


「でも、無理はしないって約束して」

「辛かったら愚痴るし呑むし寝るし、武に甘えちゃうかもだけど、いいかな?」

「ドンと来てよ。改めて、結婚して下さい」


 武は跪いて、私に指輪を捧げた。私は、それを手に取って、左手の薬指にはめた。


「幸せにしてね。よろしく」


 あれ、おかしいな、なんか泣けてきたよ。

 思いの丈がちゃんと言えたからかな?

 違うな、ずっと好きだった武の、お嫁さんになれるからだね。

 私、待ってたもんね。迎えに来てくれて、ありがとね。


「なっちゃん、どうしたの?」

「違うの。嬉し泣き。やっと迎えに来てくれたな、って」

「カツ丼作るから食べていきな。なっちゃんの分は、取っといたんだ」

「他のお客さんには、申し訳ないけど嬉しいや。いただきます!」


 それから私はカツ丼を食べて、武の家で2人すやすやと寝た後、10時頃、婚姻届を出した。

 土曜日だけど窓口だけは開いていて、間違いがなければその日に結婚って形になるみたい。

 今日は12/27。ちゃんと受理されればいいけど。


「大丈夫かなあ」

「何かあったら月曜には連絡くるから大丈夫だよ」

「そうだね。でも両親共に、すんなりオッケーでびっくりしたよ」

「なっちゃんを守れるのは、俺だけだから」


 まーた格好付けて。言いながらむちゃ照れてるじゃん。

 でも、確かにそうだね。こんな私を守れるのは、武しか居ないよ。


「愛してるよ、武」

「俺も愛してるよ、なっちゃん」


 私、いっぱい幸せにするからね。だから、いっぱい幸せにしてね。武。


「さ、もうちょっと寝てなね」

「武もね。ね、抱きしめて」

「言われなくても抱きしめるよ」

作者「改めて、2人とも結婚おめでとう!」

武「3ヶ月も返事なかった時は、どうしようかと思ってたよ」

菜月「だって、全部欲しいなんて、我儘かな、って」

武「そういうとこは、なっちゃんらしくて好きだよ。俺も無理してほしくなかっただけなんだ。誤解させてごめんな」

菜月「仕事もかつどんやも武もすきだから、安心してね」

武「待たせてごめんな、幸せにするからな」


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