番外編:全部手に入れる。
やあやあ、今晩は。私は小暮菜月。
五十嵐病院の保育センターで、保育士さんやってる麗しき35歳だよ。
只今絶賛早番から遅番を通しでやってる!
「小暮さん、明日休みだからって働きすぎですって」
「そういうなよ金ちゃん。人が足りないからしゃーない」
「残業量、小暮さんがダントツですよ」
今は深夜0時。こんな時間でも、病院でお父さんやお母さんが働いてたら、子供達はここにいる訳で。
で、私達がお守りをしなきゃいけない訳で。
皆可愛いやつらばっかなんだけどね。
「ま、今日はりす組皆帰ったから楽な方よ。私はひよこ組にいながら、ぞう組リモートで見てるわ」
「じゃあ、私はあひる組に行きますね」
ひよこ組、シングルで働いてる方が多いから、遅番率も高いんだよなあ。
お金稼がなきゃ、食べさせていけないもんね。
本当に皆様頑張ってるよ。
私は、そんな皆様の手助けが出来てる事、誇りに思ってるよ。
そんな私だけど、この後、人生がかかった一大イベントが待っている。
実は3ヶ月前、別名ゴリラな幼馴染の勝田武から、プロポーズをされたのだが、私が働くのをよく思ってないみたいで、私は返事を先延ばしにしていたのだ。
先延ばしにしたのは、何を隠そう、私は勝田武の事がずっと前から好きだったから。
だから、仕事させてくんないなら結婚しない! って、断る事が出来なくて。
私は今の仕事続けたいし、何なら武の仕事だって手伝いたいよ。そんで武の事も欲しい。強欲だよね。
でも、さっきかつどんやで、信次くんが、正直に話した方が良いよって言ってたし、冴崎さんも全部掴むのですわって励ましてくれたし、私は仕事も武も全部手に入れるんだから!
そんな訳で仕事が終わったら、武に返事をしに行くのだ。
「びえええー」
「おうおう、ひまりちゃんオムツだね。待っててねー」
ひよこ組は、今が1番大変な時間かな。赤ちゃんは3時間毎にミルクあげなきゃだしね。
とは言っても、目を覚ます時間はバラバラだから、飲ませる時間も当然バラバラ。気が抜けないね。
プラス、夜泣きも多い時間帯でもあるし。
おっと。そろそろ渉くんと快くんが起きる時間だわ。
ミルク作らなきゃな。本当人手が足りないー!
今日休みの子多いから、尚更だなあ。
◇
「ふう、落ち着いた。あ、生ちゃんおはよ!」
「小暮さんちっす! まだいらしたんですね」
「金ちゃんは休憩中だかんね」
金ちゃん事、金田雪さんと、生ちゃん事、生田遥さん。
2人とも、成長してきてくれて嬉しいな。
返事が上手くいった暁には、保育センターは早番縛りにして、夜はかつどんやの手伝いをする予定だけど、2人なら遅番も任せられる。
金ちゃん帰ってきたら、ひよこ組任せてみよ。今後、時任くんを教える役目も任せなくちゃだしね。
と、名も知らぬ新人くんたちも。マジ来てくれー。
と、快くんのオムツを変えながら思っていたら。
「あ、小暮さん。本当に働いてたんですね」
「誰かと思えば、かつどんやの成田くんじゃん。どったのん?」
「実はあの後、関取軍団様方がやってきて、店、2時で終わったんすよ。材料切れで。で、店長から伝言預かって来ました」
成田くんは、私にメモを渡した。
「マジか。そんな夜中に関取さん達が来るなんて大変だったねえ。どれどれ」
「じゃ、俺はこれで」
「ばいばーい」
ーー合鍵で店入ってね。それまで寝てるから起こしてね。
武ってば、全然後日にしてくれて良かったのに。
あいつ、待ってるって言ったから、無理してんな。
疲れてるだろうから、店で寝ないで家に帰ればいいのにさ。
でも、そんなとこも好きだよ。
思えば、私達、かなり遠回りしてるよね。
◇
小さい頃から武は、カツ丼の修行を親父さんとしてて、小学校が休みの日は武、修行が辛かったのか、いつも泣いてたな。
お袋さんも武の小さい頃に亡くなったのもあって、かつどんやの営業中は、私の家に武は預けられてた。
武は泣き虫だけど、いつも前向きで、口下手だけど優しくて。
気付いたら惹かれてたんだよね。
高校は別々になるから、中学の卒業式の日、告白しようとしたんだけど。
「私、武のこと好……もごもご」
「なっちゃん、待ってて。俺から迎えにいく」
武のやつ、告白すらさせてくんなかったんだよね。
それから親父さんも、武が20歳の頃に、無理が祟って亡くなって。
でも、泣き虫の武は泣かなくて、心配したっけ。
結局無理してたみたいで、2人で泣いたよね。
武はそこから、かつどんやを1人で経営して、今では常連さんで賑わう有名店になったんだよね。
◇
でもさでもさ、私が武に告白しようとしたの、15歳の時だよ?
それから何年だよ。20年だよ!
今じゃ私も行き遅れのおばさんだよ。待ってたけどさあああ。
普通付き合うとかさあ、デートするとかさあ、あるじゃん。
あいつ、そこら辺すっ飛ばして、プロポーズだもんな。逆に遠回りが過ぎるよね。
後3時間、いよいよ緊張してきた。
正直仕事どころじゃないから、楽なぞう組さんみてよ。
遊生くんがおねしょしてなきゃ、寝かすだけだし。
「ただいまー」
ちょうど金ちゃんも戻ってきたしね。
「金ちゃん、ひよこ組おねがいね!」
「が、がんばります!!」
しかし、期待は外れるものである。
遊生め、こんな日にもおねしょしやがって。
「えっと、パンツパンツ。あった」
「えーん、気持ち悪いよお」
黙れ遊生、それはてめえのしっこじゃ! とは言わないけど、おねしょの後って、確かに気持ち悪いもんね。
「ほら、パンツ脱いで」
遊生くんはおねしょパンツを脱いで、新しいパンツに着替えた。
後は替えの服もバッチリ着せて、と。
とりあえず、布団は予備のを敷くとして、遊生くんの布団とパンツと服は洗濯機にぶち込むかな。
いまから洗って干せば、明日の夜には乾くしね。
私は予備の布団を敷いて、遊生くんを寝かしつけた。
「金ちゃん、ぞう組リモートで見てて。私、洗濯機回してくるから」
「遊生くん相変わらずですねえ。いってらっしゃーい」
結局、私の3時間は遊生くんのおねしょの後始末で過ぎ去ったのであった。
洗濯したり、布団干したり、服やパンツ干したり、ね。
こうして5時になったけど、まだ仕事は終わらない。
お母さんとお父さんが、子供達を迎えにくるからね。
明日……もう今日だけど、明日は休みだから、全員を無事親御さんに引き渡すまでが仕事だ。
休みじゃなきゃ、早番の子が続けて見ることもたまにあるけど、ね。皆様大変だわ。
「天野です、遊生迎えに来ました」
「よっこらしょ。お待たせしました。あと、また替えのパンツと服、持って来て下さいね」
「また漏らしたのね、遊生。すみません、いつもいつも」
遊生くんはお母さんにおぶわれて帰っていった。
家でゆっくり寝るんだぞー。
そんな感じで子供達を見送り終わると、もう6時。そろそろ上がろう。
「皆お疲れ様! 早いとこ上がろっか」
「小暮さんは早く帰って寝てくださいね」
「心配ありがとね! じゃ、お疲れ様ー!」
私は駆け足でかつどんやへ向かう。
ああ眠いし呑みたい、けど、今日はそんな事よりも大事な事が待ってる。
武、長い間お店で待っててくれてありがとね。
今すぐいくからね。
かつどんやへ行くと、入り口には張り紙で「材料切れのため、本日は営業終了です」と書かれてる。
カツ丼楽しみにしてたんだけど、しょうがないな。関取軍団だもんね。
私は合鍵で、店をあけた。こっそり入らなきゃ。
えっと、武はどこかな。あ、いたいた。ソファーで寝っ転がってるや。
身体はかなり大きくなったけど、いびきが煩いのは相変わらずだなあ。
この大きな身体で、店を切り盛りしてるんだもんね。お疲れ様。
正直、起こすの可哀想なんだけど、寒い店の中で寝かし続ける訳にもいかないしね。
「武、こんなとこで寝たら風邪引くよ。起きて」
「ぐおーすぴーごー」
熟睡してるよ。相当疲れてるんだろうな。
仕方ない、こうなったら。
「びよーん」
「痛ええええ。あ、なっちゃん。おはよ」
「店早く閉めたなら、後日でも良かったのに。こんなとこで寝て」
すると武は、私をギュッと抱きしめた。え、どったのん?
「ごめん。全部聞いてたよ。俺、なっちゃんの気持ち、全然解ってなかった。なっちゃんは仕事、頑張りたいんだよね」
「うん、今の仕事すきだもん。そして、武のこともすきだよ。だから、お店も手伝いたいし」
武は優しく笑ってくれた。私も思わず笑った。
「なっちゃんが幸せならそれでいいよ。てっきり俺、仕事嫌なのかなって思ってて」
「辛い事もあるよ。でも、好きなの」
武は真摯な眼をして、私に告げる。
「でも、無理はしないって約束して」
「辛かったら愚痴るし呑むし寝るし、武に甘えちゃうかもだけど、いいかな?」
「ドンと来てよ。改めて、結婚して下さい」
武は跪いて、私に指輪を捧げた。私は、それを手に取って、左手の薬指にはめた。
「幸せにしてね。よろしく」
あれ、おかしいな、なんか泣けてきたよ。
思いの丈がちゃんと言えたからかな?
違うな、ずっと好きだった武の、お嫁さんになれるからだね。
私、待ってたもんね。迎えに来てくれて、ありがとね。
「なっちゃん、どうしたの?」
「違うの。嬉し泣き。やっと迎えに来てくれたな、って」
「カツ丼作るから食べていきな。なっちゃんの分は、取っといたんだ」
「他のお客さんには、申し訳ないけど嬉しいや。いただきます!」
それから私はカツ丼を食べて、武の家で2人すやすやと寝た後、10時頃、婚姻届を出した。
土曜日だけど窓口だけは開いていて、間違いがなければその日に結婚って形になるみたい。
今日は12/27。ちゃんと受理されればいいけど。
「大丈夫かなあ」
「何かあったら月曜には連絡くるから大丈夫だよ」
「そうだね。でも両親共に、すんなりオッケーでびっくりしたよ」
「なっちゃんを守れるのは、俺だけだから」
まーた格好付けて。言いながらむちゃ照れてるじゃん。
でも、確かにそうだね。こんな私を守れるのは、武しか居ないよ。
「愛してるよ、武」
「俺も愛してるよ、なっちゃん」
私、いっぱい幸せにするからね。だから、いっぱい幸せにしてね。武。
「さ、もうちょっと寝てなね」
「武もね。ね、抱きしめて」
「言われなくても抱きしめるよ」
作者「改めて、2人とも結婚おめでとう!」
武「3ヶ月も返事なかった時は、どうしようかと思ってたよ」
菜月「だって、全部欲しいなんて、我儘かな、って」
武「そういうとこは、なっちゃんらしくて好きだよ。俺も無理してほしくなかっただけなんだ。誤解させてごめんな」
菜月「仕事もかつどんやも武もすきだから、安心してね」
武「待たせてごめんな、幸せにするからな」