適した走り方
仕事終わり、私達はいつものように緊急外来前で待ち合わせする。
「京平、お待たせ」
「俺も今来たとこだよ。行こっか」
「ジャージって何処に売ってるんだろ?」
「スポーツ用品店が近くにあるから、そこに行くよ」
おお、病院の近くにスポーツ用品店があるのかあ。
糖尿病の人には有難い並びだね。
患者様も許可を貰えば、買いに行けるだろうし。
「可愛いのがあるといいなあ」
「俺が選ぶから安心しな」
う、やっぱり私のセンスは信用されてないなあ。
まー、今までの行いや結果を見る限り、それは仕方ないのだけど。
どんなの選んでくれるか楽しみだね。
「さ、着いたぞ」
「おお、なんか色々あるね」
京平に連れて来られたスポーツ用品店は、テニスラケットや野球道具、スポーツウェアも各種揃っており、お店がこじんまりとしてる割に品揃えはかなり良かった。
ジャージはどこらへんにあるのかな?
「そう言えば京平って、走る以外にスポーツの経験ってあるの?」
「いんや、帰宅部だったしねえなあ」
「私も小中は手芸部だったしなあ」
徹底して帰宅部だったんだな、京平。
医者になる為の勉強頑張っていたんだろうな。
という私も、看護師になるべく器用さをあげたくて、手芸部入ったんだけどね。
肝心の勉強は高校でガッとやった。京平の力を大いに借りて。
「亜美が作ってくれたマスコット、今も俺の鍵につけてるよ」
「ありがとね。なんか照れくさいな」
そう、優しい京平は、私の作ったうさぎちゃんを今も家の鍵に付けてくれてるんだ。
他にも京平や信次を作ったりしたなあ。
京平は京平を、病院のロッカーの鍵に付けてくれたな。
そう言えば、信次も信次を家の鍵に付けてくれてるや。
優しい家族に囲まれて、本当に幸せだな。私。
「ここがジャージのコーナーだな」
「うわあ、色々揃ってるね。これ可愛いな」
「亜美、それはちょっと……」
く、やはり私はセンスがないのか!
ぱっと見で可愛いって思ったやつに、オッケーが貰えた試しがないよ!
「亜美にはこっちのが似合うよ」
京平はポーマの、ピンクと黒のジャージを取り出した。
京平は鏡で私に合わせて確認する。
「うん、似合うじゃん。まずは候補1だな」
「え、まだ選ぶの?」
「長く着る物だし、より良いやつにしないとな」
京平、なんか楽しそう。私もなんだか楽しくなってくるよ。
「これもどうかな?」
続いて京平が取り出したのは、アディナスの黒と灰色と白いラインが入ったジャージ。
おお、これはおしゃれだね。
「俺的にはこっちのが好きだなあ。第一候補だな」
まだまだ京平の吟味は続き、同じアディナスでも、ピンクと紺と白のジャージを取り出す。
「お、おお、これは可愛い。マジいいわ。これにしよ」
「京平のお気に召したみたいだね」
こうして、私のジャージは決まった。ふー、何とか3着目で決まったよ。
いつも私の服を京平が選ぶ時は普通の服でも、かなり念入りに選ぶからね。
今にして思えば、愛してくれてるから、なんだな。
いつもありがとね、京平。
「じゃあ、買ってくるわ」
「ダメだよ、私の物なんだから私が買うよ」
京平ってば、そんなとこでお金使っちゃダメだよ。
どうせ使うなら、デートの時とかにしてよね。
私は京平からジャージを奪って、レジに向かう。
可愛いの選んで貰えて良かった。走るのがより楽しくなりそう。
「甘えてもいいのにな、亜美のやつ」
◇
「「ただいまー」」
「お帰りなさいー」
「さ、亜美、急いで着替えるぞ」
「そんなに慌てなくても間に合うよ」
私達は一旦帰って、部屋でジャージに着替える。
私のは新品だからタグを切って、と。着心地はどうかな?
お、中々良いんじゃない? 京平が選んだのに間違いはないもんね。
「うん、亜美可愛い」
京平は私を抱きしめてくれた。
ちょっと、急ぐんじゃなかったの? 可愛いとこあるなあ。
そんな事されたら、応えぬ訳にはいかないでしょ!
私も京平を抱きしめた。温かいな。大好き。
「ごめん、つい抱きしめちまった」
「嬉しいよ。ありがとね」
そんなやり取りも交えながらジャージに着替えた私達が部屋をでると。
「兄貴達、軽く食べときなよ。ほら、サンドイッチ」
「お、ありがとな信次」
「腹ペコだったから嬉しい! ありがと、信次」
私は血糖測定をして、インスリンを注入する。
あとは大事な言葉を言わなきゃね。
「「いただきます」」
本当によく出来た弟だよ、信次は。
私達がご飯食べずに走るって情報で、軽食まで作ってくれて。しかも美味しい!
これなら走ってる間くらいは持ちそう。帰ったら夜ご飯沢山食べちゃいそう。
「じゃあ気をつけてね。帰ってくる頃までには、夜ご飯食べられるようにしとくからね」
「ありがとな、じゃあ行ってくるな」
「いってらっしゃい」
「「いってきまーす」」
さーて、気合い入れて走るぞ!
とは言っても、脂肪燃焼させやすい走り方とか本当にあんのかな?
でも京平は嘘吐く人じゃないし、何かあるんだろうな。
そんな事を考えてる内に、京平は手を繋いでくれた。
「亜美の手を繋ぐと、なんか落ち着くよ」
「ふふ、私も京平と手を繋ぐの好き」
私も京平の手を握り返した。
この大きな手に、いつも励まされてるよ。
ありがとね、京平。
こうして2人で仲良く歩いてる内に、病院に着いた。
私達は従業員証で職員専用の扉から入って、大池さんの病室に向かう。
「大池さん、お待たせしました」
「おお、待ってたよ。深川先生」
「え、大池さん……このお仲間達は?」
私達が病室に入ると、大池さんの周りには、大池さんと同じような体格の患者様が群がっていた。圧巻。
しかも皆、しっかり運動できる格好になっている。
「深川先生の話をしたら、皆も走りたいってさ」
「かしこまりました。皆さん、一緒に頑張りましょうね」
確かに医者に直接、運動療法見てくださいって言いづらいもんね。
本当は皆様、正しいかどうか気になっていたんだ。
私も巡回する時、そういうの気にしなくちゃ。
今回教われば、私も運動療法のアドバイスくらいは出来るもんね。
こうして私と京平と大池さんとその仲間達6人と、一緒に走りに出かけた。
「まず、脂肪燃焼に一番適したのは、喋れる程度の速度で走れるランニングです。ゆっくり走りましょう。とは言っても、皆さんペースが違うので、焦らずにコースを走って、30分後にここに集合してください。皆さんの走り方を走りながら見させていただきます」
「え、待って深川先生、30分も走るの?」
「ダイエットの為ですからね!」
そんな訳で、皆で準備運動をした後、一斉に走り始めた。
因みに入院患者様は、あらかじめ外で走る際のコースが決められており、そのコースで今回は走ってる。
病院から遠くなっちゃうと、何かあった時怖いもんね。
けど、やっぱり私が1番遅いー! 話せる程度だとこれで精一杯だからなあ。
京平は、皆さんの走り方を見ながら、1人ずつアドバイスをしていた。
あ、京平がこっちに来る。
「まだ遅いけど、亜美にしてはペース上がったじゃん」
「まだまだ。皆さん話しながらのペースでも速いから凄いなあ」
「きっと毎日走ってらっしゃるな。皆さん速すぎるくらいだったし。速過ぎちゃうと脂肪燃焼に繋がらないし、ゆっくり走る事が出来れば、皆さん痩せてくと思うよ」
成る程なあ、速すぎるのも良くないんだなあ。
でも、遅くて息切れしちゃう私は、まず走れる身体にならなきゃだな。
それに、最近ちょっと太ってきたしな。
ご飯も美味しいし、満たされてるし、痩せる要素なんもないもんね。
恋煩いで食べられない日は1日も無かったけど。
ん。じゃあ太らないはずでは? 何でじゃー!
「間食が多いせいだぞ。間食控えてからそんな経ってないしな。ヘモグロビンA1cクリアしても、食べられないかもな。ケーキ」
「ええ?! それはやだああああ」
「じゃ、走るしかないな。患者様が帰った後も一緒に走るか? ま、俺はどんな亜美も惚れ続けるけど」
ケーキはのばらとも約束してるから、ヘモグロビンA1cクリアしたら、絶対食べたいもん!
京平が良くても、おデブじゃ、今以上に釣り合い取れなくなっちゃう。京平イケメンだし。
だから。
「京平が恥ずかしくならないよう、走る」
「亜美がどんな姿でも、俺は恥ずかしくないけど、頑張るのは偉いぞ」
「うん、頑張るよ」
「じゃ、患者様見に行ってくるな」
京平はまた、患者様にアドバイスをしに、走っていった。
私も遅いってめげてないで、走る事に集中しなきゃ。
血糖コントロールとダイエットの為に!
どっちも糖尿病の私にとっては、繋がっているからね。
◇
「皆さん、お疲れ様でした」
「ゆっくりで良かったんだなあ」
「このペースで走る事に慣れてかないと」
「さ、病院に戻りましょうね」
私達は患者様をそれぞれの病室まで送っていき、いつもの走る所までやって来た。
「よーし、頑張るぞ」
「無理しない程度にな」
私はまた走り始めた。疲れもあるけど、頑張らなきゃ。
京平が遅い私に併走、否、早歩きして着いて来てくれてるしね。
まだ走る身体になってないから、ちょっと走るだけでも正直キツイや。ゆっくりとは言え。
話せる速度って言うけど、段々息切れしてくる。
「亜美、キツいだろ。無理すんなよ」
「まだ10分しか走ってないもん。頑張る」
早く身体を作る為にも頑張らなきゃ。
と、思ったんだけど。
「はい、おしまい。これ以上はぶっ倒れるぞ」
「ぶー」
「ぶーじゃない。自分の限界考えろよ」
京平に両肩を掴まれて、強制的に私のランニングは終わってしまった。
確かに息切れもしてたし、若干足も怠くなって来たし、少し目がボヤけてるし、ふらつくけど!
なんか悔しいんだよお!
「ちょっとずつ成長してっから、焦んなよ」
「そお? 明日も頑張らなきゃ」
「そ、明日も頑張ろうな。ほら、おんぶするよ」
「そこまで疲れてないってば」
「目がちょっと、トロンとしてる。低血糖だな。ブドウ糖摂りな」
あ、目がボヤけてるのはそのせいか。未だに低血糖の判別が付かないや。
いつも京平に言われて気付いてる。
インスリンポンプを見ると50。相当低いじゃん。
そう言えば、なんかピッピと鳴ってたなあ……。
「本当だ、低血糖だ」
そんな訳で私はブドウ糖を食べた後、京平におんぶして貰う。
広い背中が心地良くて温かい。気付いたら私は寝てしまった。
おやすみ、京平。明日も頑張るからね。
「おやすみ、亜美」
京平「亜美の頑張りすぎるとこは、考えものだな」
信次「インスリンポンプが鳴ってる時点で、気付いてもいいのにね」
亜美「すやすや」
京平「でも、この寝顔を見ると安心するよ」