全部得るのですわ!(信次目線)
僕は、世界一幸せかもしれない。
「わくわくしますわ」
「楽しみにしててね、美味しいから」
「僕も楽しみ!」
カツ丼はトロッとした卵と、カツのジューシーさがポイントだよね。
僕のより美味しかったら、兄貴にも教えなきゃ。
「さあ、着いたよー」
「うわあ、良い匂いがしますわあ」
連れて来られたのは、かつどんや。シンプルな名前のお店だなあ。
でも、お店に入るとのばらの言う通り、本当に良い匂い。これは期待しちゃうね。
僕達は席に通されて、僕は無意識にのばらの隣に座った。
あ、小暮さんニヤけてるや。これ、バレたかなあ。
「ここ、早朝もやってるから良く来るんだよね。朝からカツ丼食べる人もいるよ」
「え、朝から? その人凄すぎる」
「余裕ですわ」
「のばらの胃袋どうなってんの!」
のばらの食欲と胃袋は兎も角、朝から食べたくなるカツ丼かあ。
お出汁の味もしっかりしてるのかなあ?
「すみませーん!」
「お待たせしました。ご注文をお伺いいたします」
「カツ丼3つください」
「カツ丼3つですね。あれ、小暮さんじゃん。今日は呑まないの?」
「呑みたいよー。今休憩時間なの!」
「あ、こりゃ失礼!」
小暮さん常連なんだなあ。仕事明けには一杯引っかけてくださいね。
どうやらメニューは、カツ丼と生中とレモン酎ハイと烏龍茶だけみたい。こだわりがありそうだね。
ああ、厨房から美味しそうな音が聞こえてくるね。カツが揚がる音が。
「お待たせしました! カツ丼3つです!」
「ありがとうございまーす!」
「有難う御座いますわ」
「ありがとうございます」
うわあああ、めちゃくちゃ美味しそうなのが来た!
卵は半熟だし、お出汁の香りもさる事ながら、カツ! めちゃくちゃ分厚い!
「「「いただきます」」」
「うーん、カツのジューシー感が最高ですわ。卵も出汁のフワッと感があって素晴らしいのですわ!」
「ね、美味しいでしょ?」
「美味しい!」
ああ、めちゃくちゃ美味しい。僕は一心不乱に箸を動かす。
元々カツ丼は大好きなんだけど、これはもう心が踊っちゃうね。
美味しい、美味しい、美味しい!!!
「気に入ってもらえたようで良かった」
「めちゃ美味しいです!」
「信次、食べるのに集中してましたものね」
「カツ丼大好きだし、ここの美味しいんだもん」
ああ、久々に美味しいカツ丼に巡り会えて嬉しいな。
受験前にも試合に勝つって意味で、食べに来ようかな?
「小暮さん、おかわりいいですか?」
「お、食べな食べな。食べっぷりがいいね!」
「あ、のばらも!」
「もうみんな奢るから、沢山たべな!」
小暮さん気前がいいなあ。良い人だよね。
指導係が小暮さんだったから、僕もバイト続けられたのはあるかも。
「でも、信次くんイケメンになるよね。絶対」
「いやあ、兄貴みたいにはいかないですよ」
「でも、また背伸びたし、顔立ちも大人っぽくなって来たし、モテるっしょ!」
そうなのかな? だとしたら悪い気はしないね。
でも、のばらの好みに成長したいんだけどな。
「好きな子にモテたいんですけど、ね」
「時任くん良い奴だし、応援するよ! で、誰が好きなの?」
すぐ隣にいるのばらだよ! って、言いたいけど、流石にのばらは恥ずかしいよね。
ここはぼやかすかな。小暮さんには悪いけど。
「それは内緒です」
「ええ、ケチ! 私達の仲じゃんよ!」
「後でライムしますから!」
あ、そう言ったら、小暮さんは何か察したみたいで、ニマニマしだした。
さっきのもあるし、僕がのばらを愛してるってのは、小暮さんの中で確信に変わったみたい。
うう、のばら、ごめんね。
「すみませーん」
「小暮さん、やっぱ呑むんかい?」
「呑めないわよ! カツ丼3つ!」
「皆食いっぷりがいいね。お待ちください」
なんだかんだで小暮さんもおかわりするみたい。僕達めちゃくちゃ食べるよね。
「いつもなら5つ行けるけど、仕事あるからこれで最後にしとかんとだわ」
「でもここのカツ丼なら、それだけ食べたくなりますよね」
「そうなの! ああ、ビール飲みたいいい」
いつもはビール片手に、店員さん達と話しながらカツ丼食べてるのかな?
そんな小暮さんも、なんだか可愛いね。
「はい、カツ丼3つね! なっちゃんが呑まないのとか、レアだな」
「ありがと、後なっちゃん言わないの。後輩の前だし」
「なっちゃんはなっちゃんじゃん。じゃ、ごゆっくり!」
おや? なんか小暮さんが照れてるなあ。
もしかしなくても、彼氏さんとかなのかな?
「小暮さん、もしかして今の人、彼氏さんなんですか?」
「いんや、ただの幼馴染。プロポーズは、されたけどね」
え、プロポーズされたの?!
「ぶっちゃけると、好きだよ。あいつのこと。だけど、私が仕事続ける事に、乗り気じゃないみたいでさ。心配してくれてんのは解ってるけど、私はやりたいからやってるのに」
「結婚は人生が関わりますからね。好きだけじゃあ出来ないですよね」
「そうなのよ! 私は仕事続けたいのにー!」
辛いよね。好きな人からのプロポーズなのに、自分のやりたい事が出来ないから、断るしかない、なんて。
「あいつ、色々すっ飛ばし過ぎなのよ。私の気持ち考えろってんだ!」
「そうですわ! 働く女性は美しいのですわ!」
そんな大きな声で言ったら、幼馴染さんにも聞こえちゃうと思うんだけどなあ。
今幼馴染さんは、カツ丼作ってるみたいだけど。
「あいつ、この店の店長というかオーナーなんだよね。小さい頃から親父さんと修行しててさ」
「じゃあ、迷ってらっしゃるんですね」
「うん、支えたいって気持ちも、ない訳じゃなくてさ。でも、仕事も続けたいの」
本音は支えたいし、続けたいんだなあ。気持ちがたくましいな、小暮さん。
「それは正直に伝えたんですか?」
「言える訳ないよ。強欲すぎるでしょ。こんな願い」
「僕が幼馴染さんだったら、好きな人の本音は聞きたいです。折り合いつけられたら、最高じゃないですか」
「そっか、そうだよね。仕事終わったら、伝えてみようかな」
あ、小暮さんが笑った。きっと、ずっと悩んでいたんだろうな。
それでも、仕事中はそれを出さずに、真剣にやってらっしゃる小暮さんはすごいよ。
「小暮さんの想い、届くといいですわね」
「ありがと、冴崎さん。本当私上手くできないや」
「のばらも上手く出来ないですの。お気持ち解りますわ」
え、のばらも? と言う事は、僕に対して上手く出来てないって思ってるのかな?
「付き合えるか付き合えないかは、ハッキリしてますの。でも、この気持ちの名前が解らないから、告白してくれたのに保留しちゃいましたの。そういう曖昧なの、苦手な人なのに」
おいおいおいおい、告白した人隣にいるよ、今。
でも、のばらなりに悩んで保留にしたんだね。
返事、待ってるからね。のばら。
なるべく、だけど、泣かないようにするね。
「なるほどね。私、もう3ヶ月くらい返事保留にしてるからなあ」
「ちょ、3ヶ月は長いですって!」
「だって、好きと仕事を天秤にかけたら、釣り合って、ぶらぶらしてさ……結局、大好きなんだよね。あいつの事」
「これは話し合うしかないのですわ。全部得ましょ、小暮さん」
「うん、話し合う。好きな人だもん。冴崎さんも、気持ちの答えが見つかるといいね」
「ありがとうございますわ」
小暮さんの思いが届くといいね。多分幼馴染さんも返事を待ってるんじゃないかな?
小暮さん優しい人だから、小暮さんのやりたい事も含めて、幼馴染さんは受け止めてくれたらいいな。
あ、幼馴染さんちょっと慌ててる。僕達の話聞いてたんだろうなあ。耳だけ真っ赤だ。
受け止めなきゃいけない部分は、もう解ってるよね。
てな事を考えながら、僕はカツ丼を食べ尽くした。
「おかわり!」
「あ、のばらは大盛りでおかわりですわ!」
「本当よく食べるね! 武、ちょい来てー」
ん? 武? 誰のことかな?
「なっちゃん、俺も忙しい時あるか、らね」
幼馴染さんのことか。可哀想に、むちゃ照れてる時に呼び出されるなんて。
もはや全身真っ赤じゃん。
「カツ丼1つと、裏メニューの大盛りカツ丼1つね。後、私、仕事終わりに話したい事あるから待ってて。また来るから」
「なっちゃんから話なんて珍しいな、待ってるわ。注文、すぐ作るからな」
幼馴染さん……武さんは照れたまま、駆け足で厨房に戻っていった。
「武、何であんな真っ赤なんだろ。火傷したのかな?」
そして小暮さんは兄貴並みに鈍い!!!
武さんも苦労してそうだなあ。
亜美、兄貴が気付かなくて、毎日僕に泣きついて来てたしね。
「ああ、仕事無かったら私も大盛り食べたかったあ。ま、いっか。仕事明けに食べよ」
「小暮さん、ビールは伝え終わってからですよ!」
「解ってるよ、私も酔った勢いで言いたくないもん」
頑張れ、小暮さん。
「お待たせしました! カツ丼と大盛りカツ丼です!」
「大盛り素敵なのですわ!」
「めちゃカツが大きいね!」
「これは武しか出来ないのよ」
何故か小暮さんが胸を張る。そっか、職人技なんだね。
まあ、当の僕達は無心でカツ丼を頬張るのだけど。
「美味しい!!!」
◇
結局僕達は、カツ丼5つをペロリと食べ尽くしたのであった。
のばらは、3つ目から大盛りだったしね。
流石小暮さんの後輩! と、お店の人にも言われたなあ。
「じゃ、私は病院に戻るからね。2人とも、本当に有難う。会えてよかった!」
「休み明けも宜しくお願いします!」
「お幸せにですわー!」
小暮さんは駆け足で五十嵐病院まで走っていった。
と、僕は気になる事があったので、のばらに聞いてみる。
「ねえ、のばら。結局僕とは付き合えるの? 無理なの?」
「だから、それは気持ちがハッキリするまで」
「嘘。さっき、付き合えるか付き合えないかはハッキリしてるって言ってたよ?」
「信次って、結構鈍いのね」
のばらはそう言うと、僕の頬にそっとキスをしてくれた。え、という事は……。
「だから、待ってて」
「う、うん。待ってる」
のばらの気持ちがハッキリするまでお預け状態なんだけど、嘘、信じられない。
付き合っても良いって思ってくれてたんだね。
僕は思わずのばらを抱きしめた。嬉し涙が止まらなかったから。
「し、信次どうしたの?」
「嬉しくて、涙が止まらないよ。ありがとね」
「しっかりお付き合いしたいから、待っててくださいまし」
「うん、のばら、愛してる」
僕はテンションが上がりまくっていたので、のばらをそのまま飛んで送っていく。
少しでも一緒に居たかったから。
「確かに付き合えるか否かだけは、伝えておくべきでしたわ」
「そうだよ、僕めちゃくちゃ泣いたんだから」
「ごめんなさい、曖昧な答えだけ残してしまって」
「嬉しいから許すよ。待ってるからね」
かつどんやで長居したから、もうてっぺん回ってるね。
のばらがこの後、ゆっくり眠れますように。
「ありがとうございましたわ、信次。ちゃんと寝るんですわよ」
「テンション上がって眠れないかも。おやすみ、のばら」
「おやすみ、信次」
うひょー。世界で1番幸せなのは、僕なんじゃないかって気さえするよ。
まだ付き合えないけど、付き合うなら良いって応えてくれた。
あ、ファムグレ飲まなきゃ。なんか世界が虹色に見えるよ。
僕はテンション高いまま、家路に着くのであった。
その結果。
「兄貴、兄貴」
「むにゃ、もう食えないよ亜美。って、どうしたんだ? 信次?」
「嬉しくて眠れないから、一緒に寝てもいい?」
「可愛い事言うじゃん。おいで」
僕は兄貴にも、のばらさんが付き合えるって応えてくれたことを嬉々として話した。
「まだ付き合えないにしても、男としては合格だったわけだな。良かったじゃん」
「うん、こんな感情初めてだよ」
「さ、ゆっくりおやすみ」
「うん、兄貴あったかいや。おやすみ」
「おやすみ、信次」
僕は兄貴を抱きしめながら、ようやく落ち着いて眠る事が出来た。
のばら、愛してる。待ってるから、早くこっちにおいで。
答えが出る事を、祈ってるよ。
信次「まだ付き合えないけど、答えが出たら付き合えるんだ。ニマニマ」
京平「思いは届いてたみたいだな」
亜美「でも、のばらも煮え切らないねえ」
京平「な、付き合うって凄い幸せだもんな。俺、亜美に惚れて良かった」
亜美「ちょ、京平!!」