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天然で鈍感な男と私の話  作者: 九條リ音
序章
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序章

「たすけて!」


 宵も深い真夜中、私は必死に病院の戸を叩いた。(かじか)む手足など、どうでも良かった、ただ、助けて欲しかったから。

 けれど、叫べども叫べども私の声は届かない。

 諦めてしまえば良かったのだけど、その時の私には此処しか(すが)る場所が無かったから。


 どうしても助けて欲しかった。

 自分だけでは、乗り越えられない事も幼いながらに解ってしまっていたから。

 反面、こんな行いをしても、普段では届かないことも熟知していた。

 人は冷たい生き物で、困った人に簡単に手を差し伸べる事はないことも。



 だけど、諦めの悪い私に、神は密かに微笑んだ。

 これが、物語の始まりである。


 ◇


「亜美ー、兄貴ー、もう朝だよ! 起きろー!」


 キッチンからフライパンを叩きながら、折角の夢見心地から目覚めさせようと誰かがやってきた。

 もう、いい夢見てるんだから邪魔しないでよね。


「信次、まだ眠いから寝かせ……すやすや」


 亜美と呼ばれた私は、信次の声を無視するように、再び眠りにつく。

 さっき見た夢、もう一回見れるかな? 見れるといいな。


「バカ、今日早番でしょ?! さっさと起きろ!」

「そうだぞ、早番なんだから早く起きな。トロいんだから」


 ん? 声の主が1人増えたようだ。

 そういうお前もフライパンで起きたんだろが! と、若干腹を立てながらも、私は目を開けた。


「あ、深川先生、信次、おはよ」


 これが私達、時任家と深川先生のいつもの早番の流れである。


「今日の亜美はフライパンから声で10分か。やはり10分前からの行動がベストかな」

「いや、甘いぞ信次、完全に別世界にいる時は15分は掛かるからな」

「きーこーえーてーまーすーよーみーなーさーん?」

「聞こえるように言ってんだ。気づけ亜美」


 なんやかんや言いながらも、2人のおかげで遅刻はせずに済みそうだけど、釈然とはしないのが私の心。

 ああ、腹立たしいったらありゃしない。


「これでも早く起きれるようになったんだから褒めてよ」

「じゃあ1人で起きてよ。もう21歳だというのに」

「1人で起きれないのは深川先生も一緒でしょ!」

「兄貴はまだ起きてくれるから……亜美は起きないけど」

「んぐ」


 こうしていつも言い返せない朝が、また始まった。

 ただ、そんな信次のお陰で、今日も食卓には彩り豊かな朝食が並んでいるので、そこはこっそり凄く感謝している。


「さ、2人ともご飯たべちゃって」

「「いただきまーす」」


 と、ここで簡単に紹介しておくね。

 私は、時任亜美。この小説の主人公。

 親譲りの栗毛のショートヘアと茶色い大きな瞳がチャームポイント。


 と、弟の時任信次。家事全般をやってくれている高校二年生だ。

 こいつも栗毛で茶色い瞳をしているが、目が私と比べて若干吊り目。

 あ、そいや最近私、信次と髪型も一緒なんだよなあ。

 次美容室行く時は若干変えようかな。


 最後に紹介するのが、深川京平。

 焦茶色の髪色をしたボブヘアーで、凛とした黒い瞳を持つ35歳のイケメン。

 なのに、彼女のひとりも居ないんだよなあ。

 い、いや、居たら困るんだけどね。

 だって、私、時任亜美は、深川京平を愛しているのだから。


 って、こんな事している場合じゃなかった!

 時間は待っちゃくれないから、ご飯食べたら歯磨きして着替えて……朝はいつもてんてこ舞い。


「朝って本当時間ないー!」

「うん、誰かさんは早く起きないからね」

「亜美。寝癖やべえぞー」


 え、寝癖?! うわ、本当だ。寝癖直し沢山掛けちゃえー!!

 うは、髪びしょびしょなった。えっと、タオルタオル。


「ん、亜美」

「あ、深川先生、有難うございます。でも深川先生も寝癖やばいですよ」

「こ、これから直すんだ!」


 いつだってそっけないし毒舌だけど、優しいから愛してるんだよなあ。我ながら単純だなあ。


「じゃあ、2人ともいってらっしゃーい」

「「いってきまーす」」


 こうして私たちは、私たちの職場、否、戦場へと向かうのでありました。


「よし、今日も頑張るぞ!」

「そうやって転けんなよ」

「いつも転けてる深川先生に言われたくないです」

「今日もフォロー頼んだぞ」

「お任せください」

「じゃあ、後でな」


 それぞれの更衣室に私たちは足を運ぶ。

 着替えたら戦争のはじまりだ。


 ◇

 

 ここは都内某所にある五十嵐病院。私たちの職場だ。

 実は、私時任亜美は、ここで看護師として働いている。

 そして、先程から「深川先生」と、呼んでいるからお察しだとは思いますが、深川先生はここで医者……内科医内分泌代謝科の担当医をしている。

 主に糖尿病の患者さんと、ここ数年増えている「異能」症状がある患者さんも、内分泌代謝科の担当となる。

 「異能」とは、どういうものかと言えば……。


「亜美さん、おはようございますわ」

「あ、冴崎さん、おっはよー! 今日も薔薇綺麗だね!」

「そうなのですわ。綺麗に咲かせられたから、皆さんにみせようと思いまして」


 彼女は、冴崎のばらさん。ふわふわの金髪天然パーマを緩やかにたなびかせており、大人びた表情、色気を持った彼女には、自然と人が群がる。

 金髪なのは、お婆様が外国人だとかなんとか、らしい。

 彼女は、私と同じ看護師で、先程話した異能の持ち主だ。

 彼女の異能は、両手から薔薇を生やすことの出来る能力。

 しかし、普通の薔薇と異なるのが、棘が一切無い。その理由というのが……。


「深川先生おはようございます。冴崎、棘なく薔薇を美しく咲かせましたよ」

「おはよ。お、薬が効いてるようだし、コントロールもできてるね。流石冴崎さん」


 白衣を腕まくりして、颯爽と深川先生が現れた。深川先生、いつも白衣を腕まくりしてるんだよな。

 と、話は逸れたけど、これらの異能の能力を抑える治療を行うのも、深川先生の仕事である。

 薬の指示は、深川先生にしか出来ないものも沢山あるらしく、かなりの異能を持つ患者様に深川先生は携わっていた。

 とは言え、異能と一口に言っても、数多く種類がある事と、日常生活を送るためには不便な面が多い為、殆どの患者様が異能が再度出ない治療法を希望される。

 そんな中、彼女、冴崎さんの選択はかなり異例だった。

 異例な選択もさる事ながら、気になるのは、なにより……。


ーー冴崎さん、絶対深川先生狙ってるよなあ。

 

 これは乙女の勘でしかないが、甘ったるく深川先生に異能を見せてくる冴崎さんを見ていて、正直気が気じゃない。

 何より、私には絶対出来ない身体を張ったアプローチな訳であり。


ーーいけない、切り替えなきゃ。


 人を疎ましく思うのは正直性に合わないし、何より醜いものだ。

 こんな一面、さっさと捨ててしまうに限る。仕事に集中しなきゃ。


「冴崎さん、もうすぐ看護師ミーティング始まるよ」

「あら、もうこんな時間。深川先生もご一緒にいかがかしら?」

「深川先生に出席の義務はありません!」


 正確には半分嘘だ。医師は基本担当が複雑化されていない分、前もってミーティングを行う理由は確かにない。

 が、看護師の動きを良く知っていた方が指示もしやすくなる為、看護師ミーティングに出席する医師は少なくないのであった。その為……。


「仲間外れにすんなよ、亜美」

「そーですよね、深川先生も出席されますよね」


 完全に下手こいた。完全に私が悪役じゃないか。

 どうしてこんな事を私が言ってるのかとか、やっぱり深川先生は全然気付いてくれてない。

 この鈍感め。私の中で何かが熱く燃え上がった。けれど、直後に、なんかしょんぼりした。


 かくして、出勤している看護師全員と、深川先生をはじめとする数名の医師によるミーティングは、気分が落ち着かない中、スタートするのであった。



 ◇


「亜美さん、元気だしてください」

「そうだぞ、俺の担当なんだしさ。らしくねーぞ」

「だってぇ……」


 こんな気分の中神様は残酷なもので、今日は深川先生とは殆ど絡まないシフトになってしまった。

 慰めてくれたのは同期のイツメン達だが、こいつらが気付いてて、何故深川先生が気付かないかは鈍感じゃないから解らなかった。


「深川先生の担当は僕になりましたから、まだ良いじゃないですか。笑顔の方が亜美さんらしいですよ」


 そう声を掛けたのは、同期の看護師の日比野友くん。

 同期であり看護師学校でも同級生だったけど、成績優秀で長いロングヘアーは切らないのが心情らしい。

 業務中は規定により、一括りにしているけど。

 確かに冴崎さんが深川先生の担当になるよりは、かなりマシではあるんだなあ。


「でも、そんな悔しがる亜美さんも素敵ですよ」

「悔しくなんかないもん!」

「気持ちを切り替えて俺の担当宜しくな、まだ診療慣れてねえからよ」

「内科診療に配属されてからもう四ヶ月じゃん。そろそろ慣れよーよ!」


 未だに診療に慣れないこいつは、同期……とは言っても医者と看護師の違いはあるが、同じ年に病院勤務をはじめた落合蓮先生だ。

 ツンと跳ねた地毛の赤毛で、みるからにやんちゃ坊主な感じではあるけど、僅か四ヶ月で配属を勝ち取ったエリートではある。

 通常の医師が1〜2年は研修医で彷徨う中、これはすごい事だ。

 これも、ここ数十年で法律が変わり、優秀な医者はすぐに現場に、という方針の元ではあったりするが。


「でも、深川先生の二ヶ月の記録は超えたかったなあ」

「あの人は天才だから気にしないの。その代わり変人だし」


 深川先生は天才。これはこの病院に勤務している人は、みんな周知の事実だった。

 但し、輪にかけた変人という事実も一緒に、である。

 

「才能を取って変人も取るかって言われたら悩むな」

「でしょ?」


 誰だって普通でいたいのだ。まあ、そんな変人を愛している私は、もっと変人かもしれない説は否定しない。


「さあ、もうすぐ診療開始だ。フォロー頼むぜ」

「承知した!」


 多忙な病院勤務の中、こういった一時を繰り返しながら、日々は進んでいくのであった。


作者「さあ、はじまりました! 天然で鈍感な男と私の話!」

亜美「相変わらず、深川先生は鈍感がすぎるなあ、もう」

深川「鈍感ってなんのことだ?」

亜美「それが解らないから鈍感って言われてるの!」

友&落合(亜美、不憫すぎる)


のばら「深川先生は鈍感じゃないですもんね。ちゃんと冴崎の薔薇の事も視線を目配せて気づいてくれてましたもんね!」

深川「そうだぞ! 気付いていたぞ!」


作者「さて、次回のお話は、亜美とのばらが遂に……。お楽しみに!!」

信次「ちょ、僕も出させてよ! 作者の意地悪!」



作者「因みに登場人物の読み方は」


深川京平(ふかわ きょうへい)

時任亜美(ときとう あみ)

日比野友(ひびの ゆう)



作者「あとは普通かな?解らない読みがあったら、コメントで教えてね」

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