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ステファンは、アクセルの不可解な発言に、怒りの吠え声を放つと、助走をつけた。
だが、その速さも出方も、アクセルは見通せていた。矢の如く、しかし緩やかに迫るステファンの脚を、瞬時に脇で抑えた。心身は、慣れない体格と消耗で犇めいている。それでも、決して放さなかった。
強い固定に身動きできないステファンは、バランスを崩し、腰を落としてしまう。アクセルと向き合う体勢になると、招集された動物達は、アクセルを目掛けて牙の攻撃を仕掛けた。
ところが、ある音声が騒ぎを払拭した。
“子どもは、夫と共に迎えると決めてる。私や家族にしか知り得ない彼が、何であろうとも、今どんな状況にあろうとも、妻として私は、見合った器を設ける義務がある。これを誰かが遮ろうとするならば、こちらも都度、相応の対処を取る。愛する人と、人生を守るためならば、誰だって戦うのではないかしら。少なくとも、私と彼はそう”
例え独りになろうとも、戦う。それを胸に、番組に出た妻ホリーのメッセージは、どれほどの人達が記憶しているのだろうか。消されずに残されていた動画は、ステファンに聞かせようと、予め準備しておいたものだった。
ステファンは、水を打った様に静まり返る。動揺が滲む銀の瞳から、コヨーテ化する歪な現象が、そっと引いていく。
アクセルの身体もまた、それが伝染する様に、異変が一気に冷めていった。しかし、気持ちも身体も追いつけず、圧し掛かる疲労に倒れた。
2人から光が抜けていく様に、呼び寄せられた小動物達も引き返していく。アクセルは、芝生の隙間からその様子を眺めた。同じ銀の姿から、元の被毛の色を取り戻し、何事もなかったかの様に森へ消えていく光景を。
漸く訪れた静寂に、アクセルは大きく安堵を漏らすと、痛みに頭を押さえながら、首だけを起こした。そこに、元の姿で呆然と座るステファンがいた。
お互い、泥にまみれた身体に血が滲んでいる。冷静さを取り戻したと同時に全身が痛みだし、アクセルは起き上がるのがやっとだった。だが、目の前の彼はそんな素振りも見せないでいる。
作戦に手ごたえを感じるのも束の間、アクセルは、周囲の新たな異変に目を疑った。生きた煙の様に宙を蛇行し、接近するのは、銀色の光の靄だ。美しいそれに見入っている内に、それは、自分とステファンを柔らかく包み、傷と汚れをあっさりと消してしまった。
アクセルは息が止まりかける。捜査が難航している理由が明らかになり、途方もない絶望感に苛まれた。右手の包帯を解くと、薄い爪痕だけになっている。それも、光の影響でやっと分かる程の細さだった。
『お前の願いが叶うといいなぁ、坊主。お勧めはしねぇが』
コヨーテは低く唸る様に言うと、未だ何かに困惑したまま動かないステファンを、前足や胴体で刺激する。そうしている内に、ステファンはコヨーテに目を向けるのだが、それまでだった。
「ああそうかよ、残念だ……理由は……」
アクセルは、残った泥を払いながら、コヨーテに横目に見る。
『叶ったとて、終わるからだ』
「じゃあ、お前等がやる事だって無意味だろ……」
ところが、獣の低い哂いが肌を擽った。
『無意味なものか。こちとら早い事、貴様等がおらん世界を待ち望んでるまで。ただ少々、それまで我慢ができんだけ。何分、血の気が多いもんでなぁ』
コヨーテは、眩い被毛を震わせると、前足を手入れし始めた。
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サスペンスダークファンタジー
COYOTE
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