13
ぬかるんだ芝生で立ち止まり、一帯を見渡した。茂みから木々、奥に広がる森。そこへ、草の摩擦音が際立った瞬間、アクセルはスマートフォンを突き付けた。
目の前に、瞬く間に煙の如く現れたステファンは、茶色い瞳で画面を見た。
「ほら......ホリー・ラッセル。あんたの奥さんだ、よく見ろ!」
ステファンは画面に見入る。しかし目を細め、眉を寄せ、首を傾げた。
アクセルは息が震えた。目の前の彼の様子から、自分が近頃体験した忘却の症状を思い出すにつれ、更に震えが込み上げる。
「忘れてんじゃねぇよ……あんたはっ……あんたは何やってんだ! しっかりしろよ!」
アクセルはスマートフォンを投げ、ステファンの胸倉に掴みかかった。
急な刺激が、ステファンに歪なものを呼び寄せる。睫毛の1本1本までもが銀に染まりゆくと、尖る眼差しに銀の眼光が灯る。その光を受けた毛先から、頭髪全てが眩い銀色に染まった。
だが、アクセルは怯まなかった。初見よりも遥かに違っている今の感覚は、自分がステファンと対等である様に思えた。
ステファンは、首元で震えるアクセルの手を見つめる。彼の増していく力や身体が、同じ臭いを放っている。聞こえてくる荒い息遣いと、混ざって出る小さな威嚇は、アクセルの細胞の変化を証明していた。
「奥さんは立派な人だって、あんたが一番知ってるだろ! 生き物にも優しい彼女を愛し、子どもも授かった! どういう訳か、まだ生まれてねぇけどよ……俺は、それがもしかしたら、その子もあんたを待ってるんじゃねぇかって、思うんだよ!」
ステファンの丸い瞳孔が、縦筋に変わると、彼はアクセルの手を掴み返した。しかし、引き剥がすには力が足りず、力みは眼振に変わる。アクセルは、身体の異変を利用し、ステファンを更に揺さぶった。
「つくづく信じられねぇがなぁ、認めてやるよ……こいつもまた、意味のある事態だって……聞こえねぇもんが聞こえるのも、見えねぇもんが見えるのも、全て、何かを得るチャンスだってな!」
強まる雨に誘われる様に、銀の靄が、2人の周りを巡りはじめた。2人はその行き先を目で追うと、そこから浮上した銀の発光体から、銀色のコヨーテが数頭現れた。
「……俺に、子だ? ……知るか……俺は、狩り返すだけだ……」
ステファンの重い発言は、土に埋もれていく様だった。アクセルは首を振ると、舌打ちしては、ステファンの胸倉を力いっぱい掴み直す。
「いいか、俺も、あんたも、コヨーテじゃない! 目ぇ醒ませ! 帰る場所があんだろうがよ! 銀の犬になって忘却喰らってる場合か! 人もいい生き物だって、ハートがあるって、バケモンに解らせてやらねぇでどうする!」
言葉に被さる様に、激しい威嚇が放たれた。コヨーテ達の煌々とした眼光が牙に反射し、雨粒や足元の雫に触れると、暗い公園に歪な美しさが生まれていく。
アクセルは引き下がらず、一帯に流し目を向けて言った。
「質問がある、犬っころ。吐けば報酬をくれてやる」
群れの中の1頭が背筋を伸ばした。見るからに区別が付かない銀のコヨーテ達も、態度を変えられれば、先日の客人がどれだったかがすぐに分かった。
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サスペンスダークファンタジー
COYOTE
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