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気まぐれな天気は豪雨に変わり、放課後の移動は、3人とも水浸しにされ、面倒だった。早くも薄暗いせいで、ライブハウスの玄関にはもう、昼白色の細いスポットライトがクロスを描いている。
滝を作る窓の向こうから、バンドサウンドが水を弾こうと響いていた。振動が水の膜に穴を空け、4人の懸命な顔を浮かび上がらせる。
新しいロックの終盤を、3人の伸びやかなスクリームで飾るのだが――何処かからの爆音に、足元から貫かれる勢いで、4人は飛び上がる。
雷か、それとも猛獣の吠え声にも似ていたそれに、ジェイソンはバチを落とした。シンバルの間から3人を見回し、外や天井、壁を警戒する。床から脳天にまで響く、自分達の音ではない低い轟きに、心臓は躍り続けた。
アクセルは、咄嗟に掴んだ喉を放すと、窓辺に張りつき、忙しなく視線を這わせる。曲も、外の音も、何もかもが孤立して聞こえていた。そのばらつきを纏めたいという強い想いが、そのまま声になってしまった。そんな事をストレートに話す訳にはいかず、スマートフォンを抜き、ある画面を開く。
「見ろ、レーダーが真っ赤だ! こりゃ暫く缶詰だな!」
都合よく零れた空咳を覆う事で、更に自然を装えた。だが、込み上げてくるそれが、今にも獣の声に変わりそうで、吞み込むのに必死になる。右手の包帯に汗が滲むのが見えたが、この瞬間まで忘れていたほどに、痛みを感じなくなっていた。
身体の異変を隠せている内に、再検査をするべきか。そんな事を考えていると、顔に影が落ちた。そこで漸く、自分が呼ばれている事に気付くと、傍に来たジェイソンを振り返る。
「すこぶる調子がいいようだがな、さっきのはカットしろ」
皆は、自分の異常を知ってどうするだろうか。何を思うだろうか。そんな事を想像すればするほど、足が竦んでしまう。
「待てよ、雷だ。俺な訳ねぇだろ、失礼な!」
アクセルはどんなに笑っても、口は渇いていく。するとそのまま、長椅子に落ちる様に前屈みになった。
先にブルースから連絡を受けていたジェイソンは、アクセルには自分から話を切り出すと、横の2人に伝えていた。練習が一段落してから話すつもりだったが、今なら本人の違いがよく分かり、いい機会だった。
自然に振る舞おうとするアクセルの意識的な瞬きは、痙攣していた。汗をかけばタオルを使う筈が、袖や襟で手早く拭うに留めてしまうところは、平常心である事を見せようとしているのが露骨であり、かえって気味が悪い。
「アックス。お前は今、俺等やレイラがどんな風に見える」
ジェイソンは詰め寄るのではなく、静かに訊ねた。それでも、どこかでは緊張していた。レイラだけでなく、自分達の事も大切に想う友人とは、この先も長く付き合っていきたい。だからこそ、隠し事は無しにしたかった。
アクセルは、不意に投げられた問いかけに、間ができてしまう。ジェイソンはいつだって、上手い判断をしてきた。羨ましさを通り越して、悔しいほどだ。時には腹を割って話すべきなのだろうが、どうしても、胸に淀む言葉は痞えてしまう。
「分かってるんだろう。なら、嘘をつく以外のやり方がいいんじゃないのか」
ジェイソンは、近くのパイプ椅子を引き、アクセルと向き合う。見るからに自分と会話をしている最中の彼は、何かに苛立つ様な眼差しを伏せた。辺りには緊張感が強まっていく。だが引き下がるまいと、アクセルが顔を上げるまで待った。
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サスペンスダークファンタジー
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