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思い出がある曲ばかりで、当時に立ち戻る様に歌ってしまう。だが、新しいバラードだけは言葉を濁して断った。ブルースには溜め息を吐かれ、レイデンからは蹴りをお見舞いされたが、それでも譲らなかった。
レイラは深追いせず、当日の楽しみに取っておきたいと、素直に流してくれる。それをさりげなく言う横顔と、嗅いでいて苦にならない香りに、静かに惹かれていた。
見るからに想い合うアクセルとレイラは、未だにどこか遠慮がちに距離を空けて座っている。レイデンとブルースは、それがじれったくてならなかった。
2人は、敢えてそこの2人の関係には触れず、適当な会話をしながらも、視線だけのやり取りをする。まるで人と話す様に動物との会話劇を自然にやって見せたアクセルだが、合間で聞き取れた、コヨーテという言葉に引っかかっていた。
テレビのニュースやウェブでは、新たな襲撃の話は上がっているものの、その被害に遭った彼の事は明かされる様子はない。2人はそれに安堵する傍ら、アクセルの胸の内をクリアにできるのは、家族以外の自分達にもできるだろうと考えていた。アクセルは分かりやすいほどに不器用であり、隠し事をするには限界がある筈だろう。今週の土曜日はイベントを控えているからこそ、彼のコンディションを整えたかった。
当事者にしか感じ得ない心境や状況に、どこまで寄り添えるのか。どこまで踏み込んでよいのか。距離を測るのに焦りは禁物だが、レイデンは、静かに目を光らせ続けている。
薬物による狂った騒ぎ、痛過ぎる交わりの連鎖の巣から、アクセルは解放してくれた。今度は自分の番だと、僅かな焦りと緊張が足を強張らせてくる。力づくになろうとも、アクセルが引く躊躇いの幕を剥がしたく、その機会を探った。
真顔になるレイデンの心境を、ブルースは横目で察する。真面目で、近頃はより思慮深くなったアクセルだが、ベーシストの彼を迎え入れる時は、一緒に無茶をした。いざという時、アクセルは思い切った行動に出る。独断も過ぎる性格だからこそ、目の当たりにしている彼の異変を見逃がしたくなかった。
レイラと話すアクセルを見ていた2人の視線は、互いの想いと同時に合致していく。放課後はジェイソンの力も借りられるのだからと、小さく頷き合った。
「あー……終わったらどうする? いつも集まるけど……」
よかったら来ないかと、やはり言えずに気遣うアクセルに、レイラは決まって、申し訳なくなる。
「ごめん、実は夕べ、父さんが病院で暴れちゃったの……それに母さんが付きっ切りだから、行かないと……」
ステージに立つ彼等を暫く見ていない。その寂しさと悔いに、胸が小さく疼いた。
レイラのがっかりする顔を見たアクセルは、気さくに笑い返し、また今度と、優しく彼女の二の腕に触れた。
※二の腕に触れる心理には、相手に好意があったり、親密感がある表れと言われています。
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サスペンスダークファンタジー
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