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「本調子じゃないのに、無理して来たの?」
「何が……何の話だよ、別に平気だ……」
冷たい返事をしてしまい、アクセルは、すぐさまレイラを振り返る。そこに彼女が座っている事が奇跡だというのに、すぐには喜べなかった。違うのだと、否定する首の動きが速まる。だがレイラは、彼の腕に触れると、その慌てぶりを楽しむ様に、小さく笑った。
「怪我はどう? あれから、何か言われた? ちゃんと話せた?」
気遣いながら小声で訊ねる彼女に、アクセルはまたしても不安が込み上げる。
「言われたって何を、誰に……話せたって何を……」
レイラは思わず、その問いかけに表情だけで疑ってしまう。アクセルは、彼女のそんな顔を見るなり、自分の発言のおかしさに冷や汗を感じた。
「病院で、怪我の容態をどう言われたのかって聞いてるの。あと、警察に事情を話せたの?」
レイラは不安になりながらも冷静に聞き直すと、アクセルの強張る手を握る。彼は素直に握り返してくるのだが、視線は落ち着かず、顔を見せない。忘れているなどありえないだろうと思う反面、彼の横顔や動作からしても、まるで思い出せないでいる様だった。質問に困り果てているのが露骨であり、放っておけない。とはいえ、この場で彼の身に起きた事を話すのは、周囲の目を考えても避けたかった。
「あんまり大きいから、聞こえたじゃない……さっきの曲、ライブの?」
話題が逸れると、アクセルはレイラを大きく振り返った。
「土曜日に貴方の歌を聴きに行く。約束したの、覚えてる?」
半ば不安を含んだ彼女の問いかけは、バラードの様に心地よく、緩やかに記憶を呼び覚ましてくれた。アクセルは、身体の異常から解き放たれていくと、やっとレイラに頷く。
「どうかしてた……覚えてる……あの時間もちゃんと……」
握り返す手を強めながら、周りの目も余所に、彼女を見つめた。
「新しいのが3つもあって、仕上げるのがハードだったよ」
ふと、声色と調子を取り戻したアクセルに、レイラはほっとする。気になる事は残されたままだが、彼の苦しそうな様子が晴れたのはなによりだった。
立て続けに起きている事件が、目の前のアクセルの身に起きた事に、レイラは心が疼いていた。拭えない恐怖とトラウマがあるに違いないだろうと想像すればするほど、彼から目を離したくなかった。いつもの様に、このままずっと、大好きな事を延々と話していてもらえないだろうか。そう強く願うのも束の間、ベルが鳴った。
カフェに居ようものならば、鼻と耳が壊れるに違いない。察したアクセルは、レイラと歩きながら事情を話した。
待ち合わせ場所の音楽室の前に着くと、傍の長椅子に座る。目の前はエントランスホールで、生徒達が行き交う音がほどよく響きながら、外に抜けていく。
「耳鳴りか……」
「そうに決まってる。あんな爆音で聴いてるんだもの」
動物の声が鮮明に聞こえ、会話までしていた。迂闊にもそれを、レイラに見られ、今になって恥ずかしくなる。だが彼女は、揶揄いもせず向き合ってくれた。
耳鳴りであると信じたいところだと、アクセルは耳に触れては、昼食を広げた。適当に詰めてきた昨夜の残り物のポットローストを食べる。塊の野菜と豚肉を、白ワインでじっくり煮込んだ料理だ。塩コショウとガーリックが仄かに香ると、全身が、家族の気遣いで満たされていく。
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サスペンスダークファンタジー
COYOTE
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