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『おい、さっきから俺の事を言ってんのか?』
2つの甲高い声の他に、少々低い別の声が飛び込むと、アクセルは枝葉に目を凝らしてしまう。
『他にいないでしょうが! センスがなさすぎて、子ども達の目がイっちゃってんのよ!』
『バカ言え。ここの素材を真似りゃ、よく成長すんだろうよ』
すぐ傍の大木での早口な騒ぎに、アクセルは首をふらふらと振ってしまう。目先で言い合うのは、灰色を基調にモノトーン色を混ぜた、ものまねの鳥であるモッキングバード達だ。枝の奥に椀型の巣を設けており、家族で雨宿りをしている様だ。後からやって来た雄には、様々な囀りで求愛する特性がある。
『それでも、もっと選別しなさいよ! 流行りものを片っ端から歌われたって、毛が乱れるだけだわ!』
『落ち着け。俺は目的があって歌ってんだ』
再び、囀りがアクセルの耳を擽る。雄のモッキングバードは、頭上を向きながら鳴くと、軽やかに身体の向きを変え、眉を痙攣させるアクセルを見下ろした。
アクセルは、小刻みに首を傾げながらまじまじと見てくるモッキンバードに、唖然とする。低い声から甲高い声へとボイスチェンジされ、階段を転がる様に、滑らかな音の転落が響いた。その変化に聞き覚えがあると感じた時には、口は既に動いていた。
「……クラシック?」
途端、雄のモッキングバードは背筋を伸ばした。
『おい、聞いたか!? どうだ、想ってる相手には伝わるもんだ!』
ところが、またしても他のモッキングバード達が乱雑に鳴き始める。
『コヨーテをモノにして何になるってのよ! 卵産めないのに!』
アクセルは目を見張り、窓から大きく身を乗り出した。その急な動きに、モッキングバード達が振り返る。
『お? 俺の歌が気に入ったか? 知ってるぜ、君も高ぇ声を出すよな!』
『あんた目ぇイっちゃってんじゃないの? 雌じゃないわよ、この子!』
1羽の雌のモッキングバードが言うと、嘴で雄を攻撃する。
アクセルは苛立ちが込み上げてきた。動物の会話が聞こえるのもそうだが、耳を疑う内容に居ても立っても居られなくなる。
「目がイってんのは、おたくら全員だ。俺は人間だ!」
成鳥達と、巣に詰まった雛達が、アクセルの発言に思わず固まる。その様もまた腹立たしく、アクセルは目を尖らせ、静かにしろと口を開きかけるのだが
『神様の堪忍袋の緒が切れたばっかりに、とんだ進化だわね。そちらさんの言葉でいうところの、ブリーディングみたいなもんよ』
妙な言葉の羅列に、アクセルは言おうとした事を忘れてしまう。こへ間髪入れず、別の雌のモッキングバードの声がした。
『あんたとヤるってんなら、とんだ雑種だわね。うちの子達には勧めたくないわ』
アクセルの目がますます泳いでいく最中、雄のモッキングバードが静かに言った。
『……よくよく考えりゃあ、確かに。あんたは声をたくさん持ってる。俺の勘違いだ』
「ああそうだ! 目と耳をかっぽじりやがれ、アホ鳥が!」
アクセルの怒りに見開いた灰色の眼に、鳥達は悲鳴を上げて飛び立ってしまう。と、アクセルの肩が大きく揺れるや否や、身体が室内に引き戻された。
「アックス!」
その声は水を打ち撒けるようで、アクセルの湧き上がる熱や、灰色に染まりゆく視界を、一瞬にして消してしまった。
「誰と話してるの? ずっと呼んでるのに」
アクセルは凍り付く。レイラは不安な顔をそのままに、彼の可笑しさを隠し切れず、控えめな笑い声をこぼしてしまう。それに釣られ、クラスメート達の笑いが転がった。
互いに席に着くと、レイラはアクセルの顔を覗く。薄く汗を滲ませている彼は、何かに困り果てている様だ。
「なぁ……何か聞こえなかったか……」
その呟きも暗く、顔は青褪めている。そこへ、レイラは机に置き去りのイヤホンからの大音量を聞きつけると、それを奪い取った。
「ええ、音がすっごくよく聞こえるわ。耳を大事にしなきゃ、使えなくなるわよ」
レイラは呆れながら、ウォークマンの音量を下げると、電源を切って彼に返した。
※モッキングバード
和名は「マネシツグミ」だそうで、物まね鳥と言われています。他の鳥の鳴きまねをするとされており、何種類も鳴き分けられるそうです。雄が特にそれができ、美しい囀りで雌に求愛をすると言われています。
つまり、アクセルは学校でかなり歌いますから、同じ囀りの持ち主だとされました。けれどもアクセルは男性なのに、雄のモッキングバードは惹かれてしまったようです。動物の世界でも、アクセルの声は気に入られるようですね。
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