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4コマ目の科学までのインターバルに入った。どのクラスでも集中力が散漫になり、アクセルはいよいよ苛立ちが隠せなくなっていた。
早々に窓際の席を陣取り、腕に突っ伏しては、イヤホンで環境音に蓋をした。これを外そうものなら、脳内のみならず、身体の末端にまで騒音が犇めいている気がしてならなかった。誰かにあたってしまう前に、音楽の中に閉じこもる。この身体をどうにかする手段を考えれば考えるほど、顔が険しくなっていく。結局は流れ続ける曲にも集中できないまま、重い顔を上げて窓を向いた。
雨が伝うガラスの向こうで、生い茂る木々が微風に揺れている。濡れてしまって寒いだけであろう場所だが、蟲や鳥にとっては関係ない様だ。そこにもし陽が射していたならば、いつかボイストレーニングの教師が言っていた様に、クラシックが合う空間になるだろう。
そんな事を考えて気を紛らわそうにも、匂いが延々気になってしまう。学校中に入り混じる様々な香りを、明確に特定できてしまうのだ。中には好みの匂いが漂っているが、鼻を貫く別の匂いに覆われ、藻掻きそうになる。
逃げる様に腕に顔を埋め、曲に集中した。ライブ会場にいる様な臨場感を次第に得られていく内に、苛立ちに床を叩いていた足が、だんだんとリズムを拾い始めた。騒がしいドラムとギターの底を這い進むベース音を釣り上げていく。ところが、日頃から意識するメンバーの音が、いつもと違って聞こえた。音量は、教師が入る音が分かる程度に合わせている。にもかかわらず、個々の音はやけに鮮明で、際立っていた。
身体の異常に疑問が浮かぶ。それを紛らわせるための休み時間だというのに、せっかくのメンバーの音が、全て水の泡になろうとする。それを取り戻そうと、慌てて音量を上げた。それぞれが合わさり、1曲として仕上がっているというのに、散り散りになろうとする。まるで何かに叩き割られ、飛散している様で、搔き集めたいばかりに焦燥感が増してしまう。
上体を起こし、ウォークマンの音量ボタンを乱暴に連打した。音量ゲージが上がり切っても、曲の纏まりが得られず、焦りが漏れてしまう。
潰される。失くしてしまう。何にか、何をか、それは分からないが、不安に身体が破裂しそうになる。胸の奥から込み上げる熱に、喉が渇かされていくと、冷たさを欲しさに息を急いでしまう。混乱に視線が揺れだす時、気味の悪い低い笑い声が、耳の奥を震わせてきた。
灰色をした影が、視界の四隅から迫り来る。爆ぜそうになる心拍に嘔吐きかけた時、反射的に窓を開けた。雨と植物の匂いが入り混じる空気が、鼻腔の奥まで一気に冷やしてくる。と、耳の奥の震えが、擽りの様な振動に変わった。
『あの歌い手、かれこれ1時間ああしてるのよ。諦めが悪いわ』
『コピー元が悪いのよ。この間なんて、犬の吠え声を組み合わせてたわ。あんなの、ただのシャウトにしか聞こえなくて、近寄り難いったらないのよ』
アクセルは咄嗟に、教室一帯を見渡す。ところがクラスメート達は、教科書と向き合うか、スマートフォンを触るかのどちらかだ。
聞きつけた2種類の甲高い声は、どうやら雨音に紛れているのだろうか。アクセルは視線を足元に落とすと、もう一度、恐る恐る外を振り返った。
※インターバルは休憩時間で、4コマ目はそのまま4時間目とします。
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