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どうにか調子が戻ると、何事もなかったかの様に食欲も湧いてきた。だが、食べる事を恐れ、家族との会話もそこそこに、シンクの前で窓に向かっていた。
熱いストレートティーが流れていくのを意識してしまう。湯に浸る様に心地よかった。家族が背後にいながら、小さな箱部屋に閉じこもっている気分になる。そこへ、唯一の強い感情が立ち込めてきた。
外の寒そうな景色を熱してやれそうな気になる。この唯一の特別な感覚は、自分だけのものであると信じながら、カップの紅茶を撫でる湯気越しに彼女を想う。今朝も、同じものを飲んだのだろうか。
カフェカーテンの先をじっと眺めていた。見たいのは、レースでも植物でも、柵でもレンガでもないと、太陽を忘れた無愛想な空から目を伏せてしまう。そしてやがて、雨粒が窓をノックし始めた時、ブルースのクラクションが鳴った。
アクセルは、今朝の出来事を思い出さないためにも、なるべく家族の可笑しい事や、曲についてを話した。だが、怪我の調子を訊かれると、つい、空気の流れを悪くさせてしまう。
どこか慌て口調になりながらも、大した事はないと誤魔化す傍ら、胸の中で首を傾げていた。着替える際に患部を見たが、傷はほとんど塞がり、治癒しかけていた。痛みもなく、回復を喜びたいところだが、異様なあまり寒気が止まらない。何が起きているのかと、窓を伝う雨粒を眺めながら、身体との向き合い方に悩み耽った。
ブルースは、アクセルに歩調を合わせながら、彼の顔色を窺う。いつもなら車内の音楽をいい具合に口ずさむというのに、未だまともに顔を見て話そうとしない。笑ってくれそうな話題も、アクセルは微笑むまでがやっとの様だった。冷たく言えば、今日はつまらない上にノリも最悪だ。しかし良く言えば、いつもながら分かりやすいと、口元の手の下で小さく笑う。そのまま、アクセルの事をどう探るか、レイデンを巻き込んで企てようと見た。
生徒達は、また1週間が始まってしまったからこその顔をしている。それを解消するのは、話して大笑いをするに限っていた。週末の事を共有したり、新しいゴシックに触れるなど、話題は尽きない。どうやら、あるカップルは酷い喧嘩をして別れたようで、ブルースは、今週から自分のロッカーを悠々と速やかに開閉できるようになった。彼は社会の教科書を取ると、どこか浮かないアクセルの肩に大きく飛びついてやる。
「昼は飯をさっさと済ませて、廊下でリハやろうぜ。ライブ前の宣伝に、新曲の通しだ」
アクセルのぼんやりした様子に気付いていない振りをして、いつも通りに誘ってみる。
どんなに曲を書けたとしても、アクセルが声で息吹かせてくれなければ意味がなかった。彼に歌を任せられるようになってから、下を向く者が顎を上げるようになった気がしている。日常につまらなさを感じていた自分を含めて。
いつか、独りで多くの曲をカバーするだけだったアクセルを見て、その声には人を振り向かせる力があると気付いた。ジェイソンが言う心地よさや、レイデンが言う感受性が、その声と合わさり、自分が主になって作るメロディーを生き物に変えてくれると、心から思えた。
「確かに。でも、部屋開けてくれるのか?」
やっと返事をしたアクセルの声は、まだどこか気持ちを誤魔化している様だった。だがブルースは、構わず彼の肩を叩く。
「んなもん気にすんな! 開けてくれるかじゃねぇ、開けんだよ。じゃ、頼んだぜ」
ブルースは言いながら、アクセルの髪を乱してやる。顔色が変わった友人にほっとすると、昼休みの交渉を考えるタスクを頭にリストアップし、教室に急いだ。
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サスペンスダークファンタジー
COYOTE
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