19
アクセルは、激しい鼓動にふらついた。熱が込み上げ、血流の速さを音として生々しく感じた時、普通ではない身体に息が上がっていく。痛みに痺れる右手を見ると、包帯の下で何かが擽る感覚がし、咄嗟に解いた。
血液の染みが露わになるにつれ、膝から崩れ落ちる。唇の震えが発言を邪魔した。銀の液が、縫合された傷に沿って光っている。細かな気泡が弾け、浸透していく様だった。手首を締めてもそれが沁みていき、堪らず吸いついた。そして、椅子に掛けたままにしていたタオルに吐き出した。
『あいつが連れを増やすとは、思いもせなんだがな』
コヨーテの発言に、アクセルは襲撃された夜を思い出す。
「ふざけるな! 俺は何ともねぇって言われたっ!」
『それはそれは……』
コヨーテの増光する冷酷な眼差しを受け、アクセルは、その首裏に掴みかかる。しかしコヨーテは、抵抗するどころか顔を近付けてくると、舌を垂らし、犬と同じ息遣いを見せた。虚仮にする態度は油をふっかけてくる様で、アクセルは歯を鳴らし、手に力を込める。
「来いっ……突き出してやるっ!」
『安直な。大人しく時が来るまで鳴いとけ。せめてもの時間だ、坊主。道具に回った貴様にできる事はねぇ』
低いモザイク音の様な声は、耳の底を擽る様で不快だった。アクセルはコヨーテの銀の被毛を毟る勢いで、そのまま壁に投げつけようとするが――空振りし、転んだ。
アクセルは、背後からの鼻息と身震いする音に振り向く。そこに平然と佇むコヨーテに、ワープしたかと錯覚させられると、息が止まりかけた。コヨーテに目を凝らすと、周りに何かが揺らめいている。淡い銀の光の靄が床を這って立ち込めると、紛れる塵光が明滅しながら、コヨーテを透かし始めた。
アクセルは起き上がろうにも、貫いてくるコヨーテの眼光と、空気を熱しながら漂う銀の靄に目が眩み、嘔気を催した。視界が四隅から閉ざされていく。それでも、一部始終を記憶しようと、コヨーテに這って迫った。だが、その動きに内臓を刺激され、発言は嘔吐きに変わってしまう。
コヨーテはすっくと立ち上がると、朦朧とするアクセルを睨んでは、牙を剥いて彼の顔に飛びかかった。
声が出たのか、アクセルは分からなかった。大きく歪まされた環境に叩きつけられた様に背中に衝撃が走った時、その場は、自分の息遣いだけになっていった。
起きたまま夢を見ていたのだろうか。目も口も喉も干からびている。しかし、全身の汗が事実を知らせていた。痙攣する視線を部屋中に泳がせ、情報を集めるのだが、空気はいかにも、何事もなかったと告げている様だった。
けれども、時間は思いのほか経過していた。息が整うまでの間に姉の声がし、慌てて返事をしようにも水分が足りず、間ができてしまう。すると、今度は母の催促する声がした。
このままではテーブルに着けないと、アクセルは重い身体をどうにか起こし、バスルームに急ぐ。
洗面台で嘔吐くも、何も食べていないのだから、何も出なくて当たり前だった。呼吸が落ち着くと、冷や汗を拭う手が額で止まる。
自分はただ、ニュースで話題の危険人物による襲撃のせいで、おかしくなっている。これは一時的な事であり、よく眠り、趣味に打ち込めば回復すると、ただただ言い聞かせた。
疲弊しきった自分を鏡に見る。熱の冷め具合は、波が引いていくそれとよく似ていた。唾液が戻り、目の眩みが解消すると、目まぐるしい速さで血色が戻っていく。
奇妙でならない流動的な変化に、力強く目を閉じた。すると、コヨーテの発言が勝手に引き出されてくる。その発言の中に引っかかる事があり、額の髪を握ると眉を寄せた。
このまま無かった事にはできない。コヨーテと話しができるならば、聞き出す必要があるだろうと、重い瞼の隙間から宙を睨んだ。
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サスペンスダークファンタジー
COYOTE
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