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「止めようぜ……家事の分担はうちのルールだ。俺は変わった。帰って来るのに合わせてやったんだぜ! 結構、鋭くなっただろ?」
それこそ酷く気味が悪いくらいにだと、アクセルは表情に滲ませながら、歯を見せる事を絶やさない。違和感に苛まれながら、とにかく頭に浮かんだ言葉をそのままを口走っていた。だが幸い、キャシーは弟にあっさり納得すると、そのまま収納を託した。
「ま、そうね。あんたは確かに、変わったわ」
姉の微笑みに、アクセルは少し胸を擽られる。以前なら、犬の喧嘩の様に喚き合っていたのに。お互いを認め合えない状況が続くのだとしか思えなかったが、漸く陽の目を見られたと、油断した。
手伝おうと純粋な気持ちでストックの戸を開けた途端、食料の雪崩が起きたと同時に、キャシーの叫びが家を軋ませた。
アクセルは、後から戻った母と姉に食事の支度を任せ、逃げる様に部屋に向かう。コヨーテのとんだ騒ぎが起きた上に、2度目の片付けをするはめになり、身体は再び不調に陥った。
溜め息を吐きながら灯を点けると――ふと現れた獣に叫んだ。
一体何事かと、駆け上がってくる姉の声がした時、アクセルは部屋から首を突き出し、笑みだけで待ったをかける。
「いやその、俺もそろそろスクリームを鍛えねぇとなって!」
キャシーは止まると、弟に白い目を向け、呆れた足取りで引き返していった。
アクセルは胸を撫でおろす暇もなく、顰め面のまま部屋に戻る。ベッドでは、居なくなった筈の銀のコヨーテが優雅に毛繕いをしており、大きなあくびを見せた。足場が軋むほど伸びをすると、輝かしい被毛を震わせる。動作に合わせ、美しい銀の筋が際立った。
「外に出たんじゃねぇのかよっ!」
『ブツはどうした、坊主』
コヨーテのお求めの物が何かを分かっていても、アクセルはどうでもよいだろうと首だけで否定しながら、恐れ半ばにコヨーテに近付く。
「何がどうなってる……世間がパニックなのは、お前のせいだろ!」
同じ言語を鮮明に放つ獣のそこら中を、細かく舐め回す様に眺めてしまう。コヨーテは小さくくしゃみをした様に見えたが、どうやら笑ったようだ。
『来るべくして来た。そういう順序だ』
訳の分からない事をと言いかけたところで、ふと、アクセルは思考を巡らせる。このままコヨーテを引き止め、何かを聞き出している内に捕獲できるならば都合がいい。ところが
『呑気だなぁ人間……我々は……自然は……お前達を見てる……』
アクセルは、見開いていた目を尖らせる。こちらの胸の内などお見通しとでも言わんばかりのコヨーテに、苛立ちが込み上げた。だが今は、騒がず冷静さを保つ事に徹した。
「ステファンは、何でお前なんかと行動してる……」
不運にも、スマートフォンはベッド脇の棚の上にある。自分の記憶力に縋ったとて、警察はどこまで信用するだろうか。アクセルはコヨーテを凝視しながら、耳を研ぎ澄ませる。そのままベッドに居座るならば、毛でも涎でも何でも落とせと、切に願った。
コヨーテは喉を低く鳴らすと、ベッドのそこら中を興味深く嗅ぎ回る。枯れ葉や土とは違う柔らかさを、四肢でじっくりと堪能する様子は、子どもを見ている様だった。
「明らかにおかしいだろ……あの人に何をした!?」
『何も珍しい事じゃあねぇ。何なら改良は、そちらさんが専門だろう』
アクセルは、口を開きかけたところで硬直する。手が震えた時、右手に痛みがした。視界が揺れ、足が自ずと引き下がっていく。
怯えた小動物の様なアクセルを、コヨーテは、銀の眼光越しに見据えていた。
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サスペンスダークファンタジー
COYOTE
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