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清々しい朝は冷えるが、キッチンのカフェカーテンからの陽光は心地よい。
アクセルは、トースターから飛び出した2枚のブランパンを取ると、潰してペースト状にしたアボカドを塗り、スライスしたトマトと目玉焼きを乗せた。仕上げに、ブラックペッパーを降らせると、ソニアの習い通り、母と並んでブラックコーヒーを淹れてみる。
母はタンブラーに注ぐと、それを片手に慌ただしく荷物を取り、息子の頬にキスをした。
「ソニア、さっさとしなさい! もうアクセルも出るわよ!」
気怠そうな返事が2階から落ち切る前に、母は出て行った。
アクセルはコーヒーを啜ると、表面に歪む自分を見つめる。香りも味も悪くはないが、やはり、1日の始まりにも甘味が欲しい。冷え始める時期は、温かいハニーミルクを飲むのが習慣だった。しかし今日は、仄かに甘いカフェオレで、身体に朝を知らせていく。
ダイニングに現れたソニアが溜め息を吐くと、冷蔵庫から例のものを取り出した。昨晩からミルクに浸されているオーツは、どういうこだわりか、瓶に入っている。そこに木製のスプーンを挿すと、ブルーベリーやマンゴー、イチゴのドライフルーツがテーブルに置かれた。ついでに、アクセントとして香ばしいナッツも混ぜられていく。
前髪を掻き上げて固めたヘアスタイルに、明らかに濃いメイクが不気味でならず、アクセルのトーストを運ぶ手の方こそ固まる。中学になって2週間だというのに、妹に何が起きているのか。
「……夜勤だったのか?」
「まぁ、そんなところよ」
長く引かれたアイラインと、瞼にたっぷり盛られたシャドウに広げられた目に、背筋が騒ぐ。どこまでを目としたいのかと訊ねそうになる口に、慌ててトーストを突っ込んだ。フレッシュな食事の香りはどこへやら。妹が食卓についた途端、花かフルーツかも判別できない匂いで充満した。
もったりとしたオートミールが、ソニアの口に重たく運ばれていく。永遠に口の中に居座ったまま、呑み込むどころか、頻繁に溜め息が漏れた。
「……誰に追悼してるんだ?」
「オレオと、昨日までの自分と、昨夜のバナナプディング」
食後の楽しみであるデザートは、ソニアが作ったものだった。皿に敷き詰めたバタークッキーの上に、カスタードクリームとメレンゲとバナナで層にし、表面をトーチで焼いた、口当たりが滑らかな逸品だ。しかし、体調の条件が悪いとゴーストが現れる。
「まさか墓場で目覚めるとはな……あいつ、ちゃんと来るかな」
ソニアが兄を睨め上げた時、外からクラクションが響いた。
アクセルは朝食を口に放り込むと、カフェオレで流し込み、食洗器にカップを伏せて鞄を攫う。
「戸締り頼んだぞ。バス遅れるな」
念押しで妹の肩に触れても、俯いたまま反応がない。束の間、その横顔に不釣り合いな影が見え、隣にそっとしゃがんだ。そして、明らかに乗り気でない手を添えられたオーバーナイトオーツを、遠ざけてやる。
「止せ。俺はシリアルを食べるお前が好きだ。誰に何を言われたか知らねぇけど、お前の好みを尊重できない奴の事なんか相手にするな」
「……でも皆、めちゃくちゃ綺麗にしてるんだもん。もう彼氏がいたりするし、格好だって、前のままじゃダサいって思われる。イケてなきゃ、ワンタップで次の日には噂が広まって、居場所がなくなる」
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サスペンスダークファンタジー
COYOTE
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