17
慌ててドアを閉め、キッチンに急ぐ。全てが反射的だった。迫り来るものも、ターゲットの居所も、鮮明に捉えられていた。
見ると、キッチン奥のストックが漁られ、保存食や妹の最重要食糧が散乱していた。コヨーテは、憑りつかれた様にそこに顔を突っ込み、目当ての物を探し続けている。
「おいおいおいおい、バカ、止めろ、止めろって!」
アクセルは、不意に出た腕力も余所に、コヨーテを胴体から難なく引っ張った。
「家族がそこまで来てるってのに!てめぇの手足で、これが片付くか!?」
威嚇するコヨーテは、尚も頭からストックへ突っ込んでいく。アクセルは、その顔を脇から抱えて押さえつけるも、激しい抵抗によって背中から倒れた。衝撃で棚が傾くと、シリアルの箱と缶詰の雨が降りかかる。
「いい加減にしろ!」
『どこにある! 出せ!』
「そこにあんだろうが! 勝手に持ってけ!」
アクセルが、カラフルなシリアルがミルクと弾けるパッケージを指差しても、コヨーテは、銀の眼光を強めて威嚇する。
『舐めるな坊主。俺が欲しいのは、あんな甘ったるい匂いがするもんじゃねぇ。コオロギに近ぇもんだ!』
コヨーテの突撃に、ストックの戸が軋む。アクセルはそれよりも、人の気配が濃くなり始めた事に焦りが込み上げた。鼓動が皮膚を突き破りそうで、怒りに立ち上がる。
「コヨーテの分際が生意気に! こだわるのは妹だけで十分だ! 勝手にストック触んな!」
いよいよコヨーテを腹から蹴り飛ばすと、更に捲し立てる。
「いいか、ここは女のダンジョンだぞ!? どんだけゲームセットしても、ラスボスが目の前にいるとこから始まる! 小っせぇ蟲が入るだけで戦争だ! だのに、コヨーテが家に入ったらどうなる!? メテオだろ!」
コヨーテが牙を剥きかけるところ、透かさず顎から掴み上げ、詰め寄る。
「人間見てんなら、ちっとは分かれ! おかしな事があったら、大半が俺のせいになっちまう! うちに何で親父がいねぇか納得だ!」
『ガタガタぬかすな。とっととコーンフレーク出せ、殺すぞ』
そこへ、キッチンの窓からヘッドライトが薄く射し込んだ。
「出てけ、アホ犬が!」
怒鳴ったのを機に、アクセルは、ゼンマイが狂った様に散らかった食品をストックに投げ入れていく。横槍を入れるコヨーテを気にしている場合ではなかった。今の最優先は、家族によって投下されるであろう爆撃の回避だった。
嘗てない移動速度は新記録か。アクセルがストックのドアに背を預け、息を吐き切るところで、玄関のドアが開いた。姉が、両腕のエコバックいっぱいに買い物の品を持って現れると、眉を寄せて立ち止まる。
アクセルは暫し間を置いてから、姉に愛想よく手を上げた。
「やあ……いや、ちょっと小腹が空いたから……今日は何?」
「……別に大したもんじゃないけど。あんたが具合悪いから、それに合ったものよ……何してんの」
アクセルは笑顔のまま、ストックの戸を叩いて手を払う。気付かれない程度に辺りに視線を流すのだが、コヨーテの姿はどこにもなかった。
開け放たれたままのキッチンの窓を向くと、その周辺に並べていた雑貨が散乱しており、アクセルは、手早く元に戻していく。
「滅多にこんなに家にいねぇから、暇じゃん? この辺、気になってたんだよ、ほら、配置とか! この小屋と木の位置は入れ替えた方がいい。その方が、この小人も日当たりがよくなって喜ぶ。“よう、最高だぜ”って! 見ろ、いい顔だ! 明日には小麦色!」
妹と母が良かれと思って飾ったそれらを、アクセルは今日まで触れた事もない。静まり返るその場で、姉の手荷物から落ちた商品の乾いた音だけが主張した。
「……あんたは、ままごとや人形遊びの相手ばかりだったものね。情操教育にうってつけだって聞くけど、イき過ぎ」
姉がキッチンに入ると、アクセルは透かさず荷物を奪い取り、ストックに引き下がる。弟の実に気持ちが悪い動作を、キャシーは怪しんだ。
「俺がやるよ、丁度ここを整理してたんだ。ずっと気になってて。ソニアが何も考えずに放り込むだろ? 自分が綺麗になる事しか頭にねぇの! 困ったぜ!」
「どの口がよ。あんたも似た様なもんだったわ。アボカドもパンもミルクもなけりゃ、コーヒーも紅茶もない。ハチミツも出しっぱなし。あんたが触るものはそこには、ない。退きなさい」
姉の圧力に、アクセルの笑顔は引き攣っていく。
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サスペンスダークファンタジー
COYOTE
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