15
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また暗闇で彷徨っていた。閉じ込められている感覚に汗が吹き出し、呼吸が荒くなる。焦るなと言いきかせながら、出口を探していると、遠くから声がした。低く唸る様なそれに、背筋が凍りつく。身震いを抑えられないまま、出所を探ろうと目を泳がせていた次の瞬間――獣の吠え声が轟き、空間が砕けた。
衝撃に、アクセルは目を見開く。激しい脈に打たれながら、熱された身体を起こした。
メンバーとの賑わいに満たされたものの、あれから倦怠感に襲われた。気遣う彼等は自分を励ますと、長居せずに帰っていった。部屋が静まり返った途端、忘れていた事が蘇ると、逃げる様にベッドに横たわった。そのまま、気を失った様に寝てしまった。
ベッド脇の棚に置き手紙がしてある。母と姉は買い物に、妹は友人の誕生日会で留守にしていた。
部屋は静かだというのに、何かで犇めいている様で、気持ちが落ち着かない。感じる視線が身体を這う様で、堪らず部屋を出ると、喉を潤しにキッチンへ向かった。体幹が安定せず、手摺りを強く掴んでしまう。体中に熱が籠り、風が恋しかった。
冷水を一気に飲んでも、夢と同じ閉鎖的な空間にいる気がしてならなかった。外から、庭の植物が揺れる涼やかな音がする。何とも清々しいそれを飲んでしまいたい一心で、窓を開け放った。だが、それでも熱さが解消されず、足は自ずと玄関に向かっていく。
ドアを開けた矢先、風に押しやられた。何とも冷たいそれに抱き着きたいあまり、出た先の柱に腕を回す。そのまま、肺いっぱいに心地よい空気を吸った。快適な温度が流水の如く全身に派生していく。やっと明るみに出られた時の様だった。
が、瞼を上げた先の郵便受けに、高い障害物が見えた。目を擦り、パッとしない意識を整えていく。行き交う枯れ葉によって、ぼやけた景色のピントが合わさるのが先か――アクセルは一驚を上げ、腰を抜かした。
あの男が目と鼻の先におり、アクセルは見上げるのがやっとだった。足が言う事を聞かず、渇いた嘆きだけが雑に溢れ出る。
「止めろ……止めろ止めろ、止めろっ――!」
絞り出した言葉が身体ごと持ち上がる。アクセルは、両足が着地していると分かると、胸倉を掴んでくる男の両腕を握り、立ち尽くす。涼しい顔をしたままの男と暫し見合うと、草を漁る音に意識を寄せられた。
銀の光の波を立てるコヨーテが、庭のテーブルの下を夢中で嗅ぎ回り、芝生を掘り漁っている。と、アクセルの視線に振り返り、1つ瞬いた。
『おい坊主、こいつぁ何の蟲だ』
アクセルは、コヨーテの足元に目を凝らす。そこには、妹が食べていたコーンフレークが点々と落ちていた。それに溜め息を吐くと、胸倉を掴んだままの男の手をあっさりと払い除け、玄関の柵からコヨーテを見下ろした。
「蟲じゃねぇ、コーンフレークだ」
ごく自然に答えた途端、アクセルは青褪め、コヨーテに前のめりになる。顎が震え、歯の音が響き渡った。末端から急速に凍てついていく。耳を疑うなんてものではないと、左右する首は止まらない。
『……コーンフレークだと』
コヨーテの更なる疑問に、アクセルは悲鳴を上げ、またも腰を抜かす。反対側の柵まで引き下がり、耳を塞いで身を縮めた。その一部始終を、男は、ただ見下ろしていた。
「おい、そいつを黙らせろ! おかしいだろうが! 何で……何でだよ!」
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サスペンスダークファンタジー
COYOTE
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