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動物の捕獲だけで、ほぼ手ぶらで捜査を終えた警官とレンジャーは、徐々に暗さを増す森林に押し退けられる様に遠ざかっていく。
その背中を、彼は、大木の枝に腰を据え、背を預けて見下ろしていた。睨みつける鋭い双眼は、淡い銀に灯り、柔らかく闇を退かしている。丸い瞳孔はまるで、遠ざかる人々をいつまでも貫く様に、縦長に窄んでいく。凝視する眼の震えは、固く組んだ手元にまで伝わり、体内の奥から熱が生じた。沸々と焦燥が込み上げ、間もなく見えなくなる人々の影に、反射的に前のめりになる。と、何かを押さえつけた感触がし、手を退けた。
不意に思い出した空腹感に、彼の眼差しから緊張感が和らいでいく。そして、その、怒りで圧し潰した大型バッタを掴むと、噛み砕いた。
銀髪の輝きが草木に合わせて靡くと、飛び交う木の葉の影に重なり、明滅を繰り返す。
彼は思い出した様に瞬きすると、微かな摩擦音を聞きつけ、背後の幹に腕をやった途端――毟り取ったコオロギを、すぐさま咀嚼した。
捉えた蟲を片っ端から捕食し、腹が落ち着くと、眼は虚ろになっていく。脳の遥か遠くで、新たに焼きついた声がこだました。何故、それが浮上してくるのかと、両手をトレンチコートのポケットに入れ、再び幹に凭れる。
その時、右手が何かに触れた。薄っぺらい乾いた感触は木の葉に似ており、そっとポケットから抜き取る。
四つ折りになった紙はくたびれており、縁が酷く朽ちていた。首を傾げると、そのまま放り投げようとした途端、何故か指に力が入った。引き止めてくる妙な感覚に、振り向かされた様だった。
紙が風に攫われかけるところを、咄嗟に掴んでしまう。そして、何気なく開いてみた。
そこには、多くの文字と写真が載っていた。しばらく見ている内に、逆さまになっていると気付き、そっと向きを変えてみる。太字で大きく記されたMISSING PERSONは、皺だらけだった。
彼は首を傾げたまま、擦れた文字を眼で追い続ける。何列もの文章が刻まれている景色を眺めている内に、末尾に行き着いた。これまでとは字体が違うそれは、手書きのものだった。それに声をかけられた様に、首を起こす。
“息子と待ってる いつまでも 愛してる”
終わりのサインにこそ眼を奪われていると、また、囁かれる様にあの声が聞こえた。
彼は眼に戸惑いが滲むと、枝から飛び降り、紙を隈なく嗅ぐ。土や獣、食したものの臭いが付着しているが、自分の汗や血の臭いも混ざっている。そしてもっと違う、別の、微かに胸を擽る甘い香りがした。
熱と焦燥が巡る身体の膨張が、和らいでいく。銀に染まる体毛や瞳が、焼かれていく様に元の茶色に戻った途端、幹に手をついた。肩で息をしながら、全身を冷ましていく。頭痛は、忘却を加速させる一方だった。
そしてもう一度、手元の紙を見つめた時――コヨーテの遠吠えに顔を上げた。
『あいつが戻った』
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サスペンスダークファンタジー
COYOTE
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