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レイラはアクセルの手を握り返す。事情を言おうとしない彼の様子に、不安が膨らむばかりだった。メディアや近辺で騒がれている事が、彼自身に起きてしまったと思えば思うほど、自分が、彼が抱いているであろう恐怖心を拭ってやりたくなる。なのに目が合わず、その寂しさが勝手に彼の名を零すと
「ああそうだ、ライブハウスで歌うんだ、土曜日に。だから……」
アクセルは途端に切り出すも、喉が何かで痞えてしまう。
触れてくるレイラの手を静かに解くと、腕は自然と腹に回った。脇腹に加わる指先の力のせいで患部が疼くのを隠しながら、窓の方を見る。目が痙攣するせいで、眉間が寄っていく。思いつくどの言葉も、彼女を困らせてしまいそうで、唇を強く結んだ。何かにそわそわしてしまい、病衣の襟元から顎、鼻に落ち着きなく触れてしまう。
そんな彼を前に、レイラもまた、眉をひそめた。引き込んだ足元に力が入り、解かれて行き場を失った手は、腹を強く抱き締める。この無音をどうするべきかを探る様に、脇腹を擦る手が大腿に移ると、そっと搔いた。その時、見えない何かによる拘束を思い切って解く様に、彼の視界に割り込む。
「行くわ、絶対。約束する」
目を見張るアクセルに、レイラが前のめりになると、互いの膝が触れた。彼女は更に迫ろうと、ポシェットを後ろにやり、宙で戸惑う彼の手を取る。
約束という言葉に、アクセルは目を瞬かせるばかりだった。真剣な眼差しのレイラは、それに頷いて笑いかけてくる。彼女の仄かな甘い香りに、だんだんと緊張が溶けると、アクセルはそっと、空気でできたクッションに凭れる様に首を傾け、微笑んだ。
「……そろそろ行かなきゃ。朝っぱらから私がいないと、父さんが煩いの。本当、面倒」
レイラは肩で大きく溜め息を吐くと、視線を落とす。アクセルは、彼女の肩に触れると、山になっていた毛布を退けて更に近付いた。
「ありがとう、もう何ともねぇよ。なぁ、愚痴なんかいくらでも聞いてやるさ。隣だぜ? 窓に何かぶつけて呼べばいい」
いつもの調子を見せる彼に、レイラはやっと、頬を和らげた。
暫くして母が戻り、抱き締められると、看護師と医師がやって来た。そこへ警官2人も入室し、アクセルは身が引き締まる。
「昨夜は発熱で辛そうだったが、今は顔色がよくなってる。右手首の傷は凡そ0.7インチ幅で、一般男性の親指の爪よりも僅かに長い傷が、深く入っていた。手の甲には3本の傷があって、一番長いもので1.2インチ。搬送されてすぐ、縫合した」
「発熱が感染症によるものかどうかを調べましたが、細菌などは確認できず、血液検査の数値はどれも正常でした」
母は、医師と看護師の言葉に安堵する。しかしアクセルは、目だけで曖昧な記憶の中を彷徨っていた。警官が先の2人に礼を告げると、彼等が出て行くのと入れ替わりに、本題に入った。
※ここではインチで言うのが習慣です。
0.7インチは、およそ2cm。1.2インチは、およそ3cmです。
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サスペンスダークファンタジー
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