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偏った割合でデザートを分けると、キャシーは、そこにバニラアイスを添え、リビングのソファで寛いだ。帰宅するまでに買い物を済ませ、夕食の支度までしたのだからと、母は、ソニアとアクセルに片付けを手伝わせる。
夜の音楽番組では、知っている曲がピアノで流れていた。アクセルは、そこに微かな鼻歌を合わせながら、キッチンカウンターに食器を積んでいく。ソニアは、兄が運んだ食器の汚れを適当に洗い流すと、次々と食洗器に入れていく。
テーブルと4人分のプレースマットを拭いた後、アクセルは何気なく辺りを見回した。
「……母さんは?」
「庭よ。生ごみ捨てに行った」
生ごみは、庭の花壇に設置している家庭用コンポストに投入し、堆肥化するのが習慣になっている。
途端、アクセルは団欒で取り除かれていた恐怖心が噴火し、玄関を飛び出した。
庭のテーブル脇の花壇で、母は、バケツの中身をコンポストの中に投入している最中だった。
「母さん母さん母さん、俺がやる! やっとくから中に入ってて!」
「ちょっと何なの。便器に顔を突っ込んだ気分になるって、嫌がってたじゃない。レイラの真似っこ?」
「違う! その……肥料って神じゃん! クソ扱いされても皆の味方だ! すげぇなって、尊敬してるとこ!」
「実際に糞な場合もあるけど、確かにそうね。数少ない服なんだから、気をつけなさい。臭いデートになるわよ」
母が揶揄いながら去っていくところ、アクセルは、周囲を隈なく見ながらゴミを投入した。本当は、堆肥化が始まっている生ゴミの臭いに耐えられない。顔の全てのパーツの位置が入れ替わりそうになりながらも、慎重に手を動かすと、蓋を閉めたと同時に息を吸った。さっさと離れようとバケツを持ち、家の方に振り返ると
「狩ったのか……」
目の前の男に、アクセルは悲鳴を上げた。そこへ、煙の様な銀の光が瞬く間に宙を泳いだ。
状況を整理できないまま、アクセルはその場のテーブルに向く。その周りを、あのコヨーテが嗅ぎ回っていた。何かを見つけたのか、吠え声で男を振り向かせる。コヨーテは、首だけで奥のガレージを示し、銀の眼光を鋭く放った。
「……煮たまま放置か」
「何の話だ! 警察呼ぶぞ! あんたの事は伝えたからな!」
アクセルは咄嗟にポケットを漁るも、空である事に冷や汗が吹き出る。
「お探しか……」
男は表情をそのままに、スマートフォンを差し出した。手が触れた拍子に液晶が光り、男の冷酷な顔が夜の空気に浮かぶ。尖る眼差しは、アクセルを刺す様だ。
「へぇ……いいとこあんじゃん……礼として、一緒に待っててやろうか……」
アクセルはせせら笑うも、震えを隠せない。
男は、再び飛び込んだコヨーテの吠え声に流し目を向けると、アクセルのスマートフォンを放し、ガレージの方へ向かおうとする。
「おい、勝手に歩き回んな! 人ん家だぞ!」
家族が襲われようものならと、アクセルは男の肩に掴みかかった。その間、またも、淡い銀の光が風に舞って漂った。それに目を取られたアクセルは、男に手首を掴まれると、そのまま壁に押しつけられた。
「お前じゃない……別の人間か……」
涼しい顔をする男の握力に、アクセルの手首と腕が軋む。
「ってぇな、放せ! 訳の分からねぇ事ばっかっ――」
言葉で噛みついた途端、ふと、これまでの男の発言と父の影が、事件の情報と共に脳に炙り出されていく。
「動機は何だっ……何であんたがっ……そんな事っ……」
コヨーテは、いよいよガレージのシャッターに体当たりする。アクセルは、止めろと吠え飛ばす傍ら、この騒ぎに家族や周囲の誰もが現れない事に、息が上がるばかりだった。
※プレースマット
日本ではランチョンマットと言ったりします。それぞれの席に食事を並べるのに敷くマットです。
※コンポスト
庭仕事をされる家庭や趣味でガーデニングをする方の家には、設けられていたりするようです。一般的にあるものではないですが、SDGsの観点から、生ごみを発酵させて肥料に変えるバケツの様なものです。中にはミミズを入れて分解してもらうものもあり、それは発酵ではないので臭いが気にならない仕組みになっているのだとか。
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