10
「そこも一緒なんだ。ストレスが溜まると、肌もメイクののりも最悪になる。精神が狂っちゃったクラスメートがいたわ」
ソニアは、姉の瞬間的な変化に気付かないまま、少しでも得意分野を挟もうと懸命になる。それにアクセルが鼻で笑う傍ら、姉に笑顔が戻った事に密かにほっとした。
「分かりやすい例を挙げると、狭いスペースで飼育される工場式家畜と、行動要求が満たされる環境で飼育される家畜では、味が違う」
キャシーは、けろっとした顔で弟に向き直る。
「私達は、どうせ食べてしまう。なら別に、家畜をどんな環境に置いて、どう扱おうが、構わないかしら?」
その問いかけから、アクセルは、詰め込まれた環境と、自由に動ける環境との違いを想像する。
工場で量産されるシステムも、一概には否定できない。増え続ける人口に合わせて、効率よく食材を作るためだ。一定の場所に納めているため、集合させたり、広範囲の掃除をする手間は省ける。近年では、機械を取り入れる事で人手も省きやすく、気温や個体管理が精巧で、安定した環境を維持しやすい。生産性が高く、価格も安く提供できる。ただ、感染症が生じた際は、一気に全体に影響するところは厄介だ。
放牧や、それに近い環境で飼育するシステムは、家畜にとってパラダイスだろう。拘束され、身体の向きを変えられるかどうかといった場所とは違う。好きな所を歩き、走れる。餌探しや巣作りのために穴を掘り、身体を転がして綺麗にするなど、ありのままで生きられる。多くの運動でストレスが発散され、病気にもなりにくい。しかし、広い場所を必要とし、その分、飼料のコストがかかる。生産された商品も値が張り、多くの消費者の手には届きにくく、実現させる幅は狭い。
双方を考えた後に、アクセルは、自分に置き換えるという事をしてみた。そして、彷徨う様な表情をした姉を思い出す。考えてみる事だという返答が出せるようになるまでに、どれだけの事があったのかが気になった。以前の自分ならば、逆撫でする様な発言をしていただろう。けれども、友達や、その母がくれた言葉が蘇ると
「いや。俺なら暴れ牛になって、喰わせてなんかやらねぇよ」
キャシーはにやりと歯を見せると、ローストチキンに添えられた焼野菜を取った。アクセルは、それを眺めながら続ける。
「認めるよ。そんなつもりはなくたって、結局どっかで、動物を偏見してる。見直さなねぇと、とんだしっぺ返しがきそうだ」
キャシーは眉を寄せ、弟に前のめりになった。
「……あんたさ、パートナーでもできた?」
真面目に返したというのに、アクセルは拍子抜けする。何故、その様な方向に話がいってしまうのかと、全身から空気が抜ける様だ。
「お兄ちゃんレイラにアプローチしたの!?」
「という事は、例のいやらしい曲で絡め取ってあげたのね」
母は、どこかねっとりした言い方で、目を点滅させる息子の顔をワインで流し込む。キャシーは、恐ろしいものを見る目で弟を見た。
それもまた意味が分からず、アクセルは何を言い返す気にもなれない。沸々と苛立ちが込み上げるのだが、そこには恥じらいも混ざり、誤魔化そうと、傍のデザートを引っ張った。
表面が香ばしく焼けたアップルコブラーを、サービングスプーンで乱暴に砕いていく。これにソニアが透かさず飛びつき、兄の手を止めようとした。だがアクセルは、取り皿にも盛らずそのまま喰らいついてやる。まだ仄かに温かいそれは、鼻から脳までを一気に甘い香りで満たしてくれ、この場の誰よりも味方をしてくれる様だった。
-----------------------------------------
サスペンスダークファンタジー
COYOTE
2025年8月下旬完結予定
Instagram・本サイト活動報告にて
投稿通知・作品画像宣伝中
インスタではプライベート投稿もしています
インスタサブアカウントでは
短編限定の「インスタ小説」も実施中
その他作品も含め
気が向きましたら是非




