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可哀想だと呟く妹を横目に、アクセルは暫し間を置いて姉を見た。
「家畜はどういう考え方をするんだ。今めちゃくちゃ食ってるけど」
「へぇ。あんた冷静になったね」
それは元からだと、アクセルは肩を竦める。
「私達が現在ペットとして可愛がっている動物も、昔は食糧不足を理由に食べていた。犬や猫も、狩って食べる事もしてた」
姉のそれに、ソニアは目を剥いた。
「生き延びるためには当然よ。今からサバイバル生活をすると思ってみて。そこには、可愛がってきたリスやハリネズミが棲息してる。人にとって最高のタンパク源よ。それでも食べない選択をしたとすれば、自ら死に1歩近付く事になるわ」
針だらけで食べられるものかと妹に言われては、キャシーは、火を通せば簡単に除去できると返してやる。母は、長女が突拍子もない実験をしていたのかと顔を引き攣らせた。
「犬は集団生活をするから、人に慣れやすかったの。だから家畜化して、ハンティングに利用する事ができた。そうして共に生活をするようになって、人と友達の様な関係になっていった。ま、今では一時の友達の様な扱い方をする人がいるんだけど」
そして姉がスープを啜ると、アクセルはコーンブレッドを取り、グラタンのホワイトソースを絡める。
「猫も同じよ。保存食を鼠にやられるのを回避するために家畜化されて、人との距離が近くなった。犬や猫は仲間であり、道具でもあったの。そして信仰の対象として考える人も出てきて、人を守る神の様な存在とされていた事もあったようよ」
ソニアはグラタンを黙々と頬張り、姉に釘付けになる。
「住む環境が違えば、食べるものも違ってくる。牛や鳥、豚に鹿、羊も食べられる事。では、どうすれば食べられるのか。人は、それらを広く伝えられるようになった。どんな栄養があるのかも含めて。そうして、食の選択が増えていった事で、食べる肉と食べない肉が決まっていった」
キャシーは淡々と話しながら、ローストチキンを綺麗に骨だけにする。
「基準は」
アクセルは訊ねると、骨に残った肉を齧る。
「入手のしやすさ、栄養価の高さ、飼育のしやすさってところね。今は、多様な文化と社会が広がって、食の考え方も更に増えた」
姉の真剣な話の途中、アクセルは、昼に見たレイデンの寿司ピザを思い出す。目を疑うメニューだったが、そんな風に変化をつけ、誰もが食を楽しみ、好みやライフスタイルを尊重する事に繋げられるようにしているのかもしれない。
「昆虫や大豆で代替肉が作られ始めている背景に、世界人口が増えて、肉の消費量が上がっている理由もある。広い牧草地や大量の餌がいる分、得られる肉の量は少ないから、コストがかかるのね。でも、じゃあ、肉を食べる事を止めるかってなると、非現実的でしょ?」
キャシーは紙ナプキンを置くと、食事を止めた。目の前の妹は、好物が食べられなくなるのはごめんだと、首を振る。
「遠回りしたけど、アニマルウェルフェアについて考えてみる事が、今言える答えかな。その命を頂かざるを得ない人間が、家畜に返す事ができるせめてもの事は――」
この時アクセルは、姉の声が僅かに落ちたのを聞き逃さなかった。その証拠に、平然と真正面を見ていた視線が揺れ、眼差しが長い睫毛に隠れた。瞬く間の事だが、何か痛いものを思い出した時の自分を、そこに見た気がした。
「ストレスをできるだけ感じない、健康的に生きられる場所を、せめて贈ってあげる事」
姉はごく自然に伝えたのだろうが、捉えた異変のせいか、声に僅かな震えを感じた。
※コーンブレッド
トウモロコシの粉を使って焼いたパン。スキレットや色々なケーキ型で簡単に焼けるみたいです。発酵無しですぐ焼くので、実際はケーキみたいです。
※犬食・猫食
本ページでは昔話の様に話しているのですが、現代でも犬猫の肉を食べる文化がある国は存在しています。触れる事もできたと思いますが、本作でモデルにしている国では、犬・猫を食すのは法で固く禁じられているため、切り離して書きました。
※ハリネズミもまた食べられる
サバイバルをする海外のユーチューバーさんのレビューによると、鶏肉に近い味がするのだとか。でも、そんなにおいしくないんじゃないかなぁと思いますね。その人はそういうチャレンジをするだけあって、多分味覚を含んだあらゆる感覚が一般人と比べて鍛えらえているんだと思います。キャシーの解説は、実際にその人がしてた食べ方です。
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サスペンスダークファンタジー
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