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警察には、冷静に事情を伝えられた。パトカーが巡回する事になり、家から出ないよう指示されると、通話を終えた。
失踪者情報を丸暗記していた訳ではないが、直感的に、医師の男性だと思った。だが、噂されている様な銀色の姿をしていたのは、彼が連れていた大型のコヨーテだけだった事に、未だに肌が騒ついている。
ベッドに腰掛け、腕を擦りながら深呼吸した。家族にも言うべきだが、食事をあらかた済ませてからの方が、もっと落ち着いて話せる気がする。その頃には、姉妹の言い出す事を淡々と跳ね返す余裕ができているかもしれない。
いいやと、アクセルは首を振った。下りてからの様子で決める事にすると、何となく窓の方を向く。
その部屋に誰もいないと、一目で分かった。誰よりも癒しになってくれるレイラに、今日は会えていない。冷えたガラスに、自然と指が這う。
ライブハウスのイベントの事を、まだ伝えられていなかった。約束をするならいい機会なのに、そのための言葉は、歌の様には出てきてくれない。
焼きついた彼女の顔を、暗い窓に、視線で細かく描いていく。柔らかそうな髪は、ミルクを含んだ紅茶の様だ。あまり近くに立つ事はないが、相変わらず、甘い香りがするのだろうか。父親の事で切羽詰まる顔や、学校で見る日常的な顔も知っているが、もっと、別の顔を見てみたかった。今度のライブで、無邪気で馬鹿に騒ぐ姿を見られたら、どんなにいいだろう。彼女だってハメを外してもいい。普段から物事に真面目に取り組む、いい子なのだから。
と、下からの母の声が、愛しくも寂しい時間を散らせた。
食卓に家族が揃い、アクセルは漸く姉の帰宅を歓迎した。突発的な事が続くあまり、危うく大切な節目を流してしまうところだった。大学も卒業でき、仕事でも評価され、後ろ髪を引かれる思いも経験して戻って来る事がどれほどのものか。それはまだ、アクセルが想像するには限界があった。
「やっぱりね。聞いた事がある様な気がしてたのよ。心配ね」
会話を途中から始める母に、アクセルは、グラタンにフォークを刺しながら振り向く。
「講義もだけど、ラッセルさんって凄いのよ。アフリカまで行って、動物や環境を見たりして。ワイルドライフマネジメントは、生態に関する専門知識は勿論だけど、先見力も鍛える必要がある」
キャシーの難しい言葉の羅列に、ソニアはローストチキンを嚙みながら固まる。
「人と動物が上手く共存できる環境を保つための計画を立てるの。例えば建築をするのに、工事がどのくらい自然や動物に影響を与えるのか、建物が完成してから起こりうる変化は何かを調べる。自然破壊のリスクが大きいと、工事の計画を見直すのも仕事の1つよ」
これをいざ口に出してみて、キャシーは、やはり次の職にするには厳しそうだと口を曲げる。
「あのさ……驚かすつもりじゃねぇんだけど、さっき……」
アクセルは、会話を耳にしている内に、切り出せずにはいられなくなった。つい先程、自分が遭遇した男が、姉の講師の夫であると思えば思うほど、口は勝手に回っていった。
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サスペンスダークファンタジー
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