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「今年のハロウィンは、ドングリの隠し場所が分からなくなったリス? お兄ちゃん、それ本当に大丈夫?」
ソニアが訝し気に兄を見、キャシーは目を瞬く。
「あんた動物に興味あった?」
「優しい子ども達だわ。母さん幸せ」
テレビでは音楽番組が流れており、夕食の雰囲気をポップに仕上げていく。キャシーの帰宅が早かったお陰か、食卓には既に、アップルコブラーが置かれていた。シロップ漬けにしたリンゴを敷き詰めた器に、小麦粉とたっぷりのバターを合わせて散りばめたビスケット生地を乗せ、こんがりとした焼き色をつけたデザートもまた、アクセルの好物だ。
母は、オーブンから取り出したマカロニポテトグラタンを置く。ブロッコリーと海老が、焼き目をつけたチーズとパン粉と絡み、生きた様に表面が沸々としていた。バスケットには、仄かに甘味を含んだ温かいコーンブレッドが盛られている。隣には、コンソメをベースにしたレンズ豆と野菜のスープが、ポットごと佇んでいた。レンズの様に平たい形をした豆は、赤や黒、緑と彩りも豊かだ。母とキャシーの席には、ワイングラスが凛と立っている。
匂いで漸く冷静さを取り戻すと、アクセルはまた、そっとドアの方を振り返った。そこから、横の窓に目を逸らしていく。レースカーテンがかかった向こうには、いつも通り街灯が光っているだけで、誰もいない。
果たして本当にそうだろうかと、吸い寄せられる様に足が進み、カーテンを乱暴に開いた。だが、しんとした薄暗い道があるだけだった。
遭遇したものの数々が、勝手に思い出されていく。恐ろしいほど気配がない外や、家の環境のギャップに血の気が引く。とにかく通報をせねばならないが、今、家族にそれを言うべきかどうか、足が竦む。この時、ジャケットのポケットの空洞感から、スマートフォンが無い事に絶句した。
「ほんとさ、何してんの、さっきから」
背後の姉に飛び上がると、アクセルはカーテンを閉め、咄嗟に首を激しく振りながら空笑いする。
「あー、キャシー、その……携帯貸してくんねぇかな」
何故だと、姉の顔が変形する。
「いや、その、連絡しねぇといけねぇんだよ。落とした、そう落としたから! 落としたから、父さんに連絡できねぇの!」
「サポートに連絡しなさいよ。父さんに言ったって鹿持ってくるだけ」
すると、妹の声が割り込んだ。
「心配しなくても、もう母さんが連絡したわ」
母は朝早く、父に狩猟の件で話しをしたと言う。
「間違えた、警察だ。届け出しておかねぇとマズいだろ? 電子マネーとかも入ってるし、曲のデータも入ってる。抜かれたら終わりだ」
「あんたらの曲はともかくね。さっさとしなさい」
「いやいやいや、有名になるの控えてる曲が流出したら、振り出しに戻っちまうだろ」
「どっからの自信よ。あんた、後でその事で話あるから」
姉からスマートフォンを受け取ったアクセルは、瞼が引き剥がされた思いになる。姉の、おせっかいモードに入るキューは、顔のパーツを一気に寄せていった。
「勘弁してやんなさいよ、帰って来て早々に。アクセル、さっさと済ませなさい。キャシーは何だかんだ、相手をして欲しいの」
姉の鋭い否定が飛んだ。色々と言い返したいところだが、アクセルはとにかく2階へ駆け上がる。ソニアは首を傾げ、兄の部屋に、兎の如く耳を突き立てた。
「別にここで電話すりゃいいのに、怪しいわ!」
「お兄ちゃんにも色々あるの。お皿に分けてあげて」
母がスープポットを次女の近くに寄せた。ソニアは口を尖らせると、スープをそれぞれの皿に注ぎながら、時折、意識を兄の部屋に向けた。
※リスは、自分で隠した木の実の場所が分からなくなるのは普通だそうです。
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サスペンスダークファンタジー
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