5
「リールがなくても平気なんて、スマートでいいね!」
愛想笑いするアクセルに、コヨーテは背筋を伸ばした。そして、首だけで男とアクセルを忙しなく往復する。
アクセルは、反応がない事などどうでもよかった。あたかも笑顔を装いながら目を閉じ、どうにか彼等を通過する。何も知らない、呑気な少年であるつもりで背を向けると、その気がないながらも手を振ったところ――
「……肉か」
背筋に何かが這った。冷たい、肌にイボを立たせる鉛の様な声が象った、肉というワードに、心当たりしかない。
男がこちらを向いたと同時に、アクセルは大きく引き下がると、右手に掴んだスマートフォンを出した。
「待て。騒ぎたくない。そっちも同じの筈だろ」
絞り出した声は、どうにか冷静さを保てた。だが、肩は上下してしまう。
「事情は知らねぇけど、もう止めて、奥さんと子どものところに帰ってやれ。あんたは幸せじゃねぇか、そうだろ?」
男は目を見張ると、錘を引き摺る様な足取りで、アクセルに近付いていく。
「待て! それ以上来たら通報する!」
言い終わりが先か、コヨーテが威嚇し、アクセルは顔を伏せる。その拍子にスマートフォンを落としたが、構わず逃走した。
男は街灯を過ぎ、木陰に覆われていく。沸々と、熱いものが胸から喉に込み上げた。耳にした発言が眼を燃やし、瞳を震わせてくる。特定できない感情が波打つ中、足元のスマートフォンを拾うと、何度も嗅いだ。
『喰わねぇとは、くだらねぇ……』
コヨーテは低く喉を震わせながら呟くと、両眼を銀に灯した。それを受ける様に、男の眼もまた、鋭い光を放った。
どんなに走っても、足が重い。景色の流れが遅く、振り向けば男がいる様な気がしてならなかった。日頃身体を鍛えるためであっても、こんな走り方はしない。息切れしようが、家まで疾走した。汗が伝う不快さを拭う様に首を振り、とにかく自分を叩き上げる。
家の郵便ポストを支えに曲がり、縋る様に玄関に飛び付く。手が強張ってドアノブが掴めず、焦りの声が漏れる。接近されている様な気配を乱暴に払っても、ただ宙を掻いてしまう。その弾みでドアが開くと、倒れかけながら帰宅した。
ドアを叩きつけ、手早く鍵をかけていく。何から話せばいいのか、頭を整理するために、荒くなる息を無理矢理抑えていく。右半身をドアに預け、ノブを握ったまましゃがんだ。そこへ
「何してんの、あんた」
「だああーっ!?」
悲鳴は目玉ごと屋根をも貫く勢いで、家族は耳を塞いだままアクセルを睨む。
「ちょっと、どういうつもり!?」
「キャシ……え!? 何でいんだよ、週末だろ!?」
その週末が今日だろうと、午後に帰宅していた姉は表情だけで呆れかえる。
アクセルは顔を拭うと、目の前で仁王立ちする姉から、キッチンのカウンターで目を細める母、リビングのソファーから覗く妹を見た。
「止めなさいよ、いい歳して騒々しい」
姉がぼやきながらも差し出してくれた手を取り、アクセルはそっと立ち上がる。鼓動がうるさく、まだ状況が上手く纏まらない。
-----------------------------------------
サスペンスダークファンタジー
COYOTE
2025年8月下旬完結予定
Instagram・本サイト活動報告にて
投稿通知・作品画像宣伝中
インスタではプライベート投稿もしています
インスタサブアカウントでは
短編限定の「インスタ小説」も実施中
その他作品も含め
気が向きましたら是非




