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気持ちが軽くなりゆくまま、正面を向くのも束の間――街灯の下で、足が止まった。地面に吸いつき、脹脛から大腿、腰に電気が走る。瞼が下りなかった。下ろす訳にはいかず、反射的に、ジャケットの中の両手を結ぶ。スマートフォンを握る右手に、汗が滲んだ。
犬にリードも付けずに散歩する人影が見える。次の街灯までの距離は、横に並ぶ住宅と同じ間隔で立てられており、少し遠かった。
その人は、街灯の傍の楓の木から背中を剥がすと、こちらを向いた。ただの通行人であり、つい挨拶をして通り過ぎればいいだけだろう。しかし、身体は射止められた様に動かなかった。
イヤホン越しに、鮮明な足音が響く。1歩、また1歩と、緩やかに迫る男性に、視線が上を向く。
黒で統一された服には、土の汚れが少しばかり付着していた。ソールが厚い、固定感のあるマットな靴の先が、灯に差し掛かる。ブロックの歩道を重く踏みしめたのは、まだ朽ちる様子のない紐付きのブーツだ。
余った生地が弛むパンツの裾から、視線を這わせるにつれ、トレンチコートの乾いた音がする。下に黒いシャツを着ているだけからして、軽い散歩で出てきた様に見える。
アクセルの目は更に干上がる。男の隣に、影を切る様に鋭い銀の筋が現れると、狐に似た大きな耳が立ち上がった。
「コヨー……テ……?」
アクセルは、反射的に目だけで周囲を探った。不運にも無人であり、隣は、元々家があったが空き地になっている。その前後の家も、道路を挟んだ反対側の歩道までも、距離があった。
獣の唸り声が、低く道を這う。アクセルは漸く足が解放され、少しずつ後ずさった。首が振られかけるのを、どうにか止める。口内は乾き、どう声を張ってよいかが分からない。
街灯の下に露わになった男は、茶髪をした一般人だった。ただ、その凝視は、身体を貫き、背筋を痺れさせてくる。
口を開けたコヨーテは、歯に舌を這わせると、唸り声に空気を震わせて身震いした。男はそれに細い息を立てて、コヨーテを静める。
アクセルは、速過ぎる情報のスピンに、荒くなる呼吸を呑み続けた。目を疑う状況に汗が噴き出るが、冷静を装う。妙に刺激し、大怪我に繋がる事だけは避けたいと、暫し考え、やっと口を開いた。
「そんなに大きいのがいるんですね……珍しいな……どこ出身?」
抑えようとも、声の震えは漏れていた。返答がないまま、アクセルは視線を足元に向け、表情はなるべく柔らかいまま、すれ違おうと道の端を進む。
コヨーテは、過ぎ去ろうとするアクセルを見ると、男を見上げた。男は、その視線も余所に、アクセルを目だけで追う。
アクセルは、震える目でどうにか情報を集めた。体高は60cm以内と把握しているが、見るからにそれ以上ある。もしやコヨーテではなく、狼ではないのか。疑心が湧くほど、あの、狼男というふざけた話題が過った。タスクのマスにチェックを入れていく様に、毛色がシルバーである点も、しっかり記憶した。
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サスペンスダークファンタジー
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