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シャベルで何をするのか気になったアクセルは、テラスの柵から少し身を乗り出した。
「今は、そういうもんになっちまったんだって、思うけど」
「ええ。すっかり馴染んでしまったわね。だけど、それでは世界は広がらないし、変わらなくなる。君達なら、音楽に置き換えると分かりやすいんじゃない?」
ブルースの母は、シャベルを楽々と反対の手に持ち変えると、レンガなどの破片を纏めたバケツを取る。
「昨日よりも今日、今日よりも明日、明日よりも明後日には、ベターな考えをする。これから生まれようとしている命のためにも」
彼女は、騒がれている生まれない子どもの事を、遠い視線の先に見る。
「どんな世界に生まれても、命は尊いもの。生まれた時点で大切にされ、守られるべき。だから、今からコヨーテ対策のフェンスの点検だ」
そして満面の笑みを浮かべ、敷地の周りの柵の根元が掘られていないか、念入りに調べ始めた。
「コヨーテねぇ……」
アクセルは、小柄なブルースの母がより小さくなっていくのを眺めながら呟く。
「近付かれた事ねぇけどな。ジャンプ力があるらしくて、うちは3メートルのやつ立ててる。あいつら冴えてて、穴掘って入って来んだと」
ブルースの話に、アクセルは視線を変えないまま目だけで驚く。
彼等の能力は意外に感じたが、存在自体は珍しくない。街に現れるところを駆除されたり、確保して逃がされたりする事もある。野良猫や野良犬、鴉などと特に見方は変わらなかった。
「けど、シルバーは見た事ねぇ。聞いてる感じだと、かなり光ってそうだ。ヘアカラーの色名がそう書いてあっても、実際は灰色寄りだし。どんなだろうな」
アクセルが好奇心を膨らませると、ブルースは緑茶を一気に飲み干して得意気になる。
「見かけたら写真送ってやるよ。確率的に俺が出会いやすいし」
アクセルは笑いながら頼むと、最後のクッキーを食べて立ち上がる。
「そろそろ行く。お母さんのあれ、手伝ってやれよ。大変そうじゃん」
「そらどうも。まぁでも、送ってやるよ」
「いや、いい。歩ける距離だぜ? また明日」
ブルースの家を後にし、暫く芝生の道を行く。少しだけ居るつもりが、もう5時半を過ぎていた。彼はよく時間管理ができているものだ。自分なら、何もかも忘れてしまいかねない。自宅とは大違いだと、アクセルは羨ましさを溜め息に変え、イヤホンを取り出しながら歩道に出た。
コバルトブルーとオレンジに加え、薄いパープルのグラデーションを描く空は、昨夜とは少し違っている。
視界を緩やかに流れる森林は、暗くなった山や木々が際立ち、空との境界がはっきりしていた。肌を乾かしてくる風が、枝に縋り切れなくなった楓を舞い上げる。
イヤホンは、ただつけているだけだった。気休めのノイズキャンセリングによって、自分自身の音と、自然の音に浸っている。印象的だったブルースの母の言葉を咀嚼しながら、マイペースに帰り道を踏んだ。
歌詞の振り幅が狭かった頃と、マシになった今とを比べてみる。こんな風に書けば、そのアーティストらしくクールに歌える。それがいつしか、ただの真似事に思えて歌えなくなった。コピーから始まると言われてやってきたが、そのままでは生み出すのにも限界があると、世界に立つ人達を見て感じた。また、音楽以外の、あらゆる職業の世界に立つ人達からも。
皆、見るからに直接本職とは関係のないものに触れていた。そうして感性を磨き、知識を得、考えを構築する事に役立てている。その先に、尊いものが生まれていた。
関係のないものなんて、本当はないのかもしれない。どんなに遠くとも、繋がれるのかもしれない。自分が得意としている歌で、何か、今日よりもベターな事に繋げられるなら、理想的だった。
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サスペンスダークファンタジー
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