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「クレイジーだな……誰の発案だよ……」
アクセルは、目の前に座ったレイデンの料理に顔を歪める。レイデンは、やかましいブルースに溜め息を吐いた。
「ブルース止めとけ。欲求不満だからって宇宙人と交信すんな。ハニーっぽいライバルがガッカリして、本人のこれまでの努力が消し飛んじまうだろうが」
どうにか母との話を終えたブルースは、改めてレイデンの皿に目を剥いた。
寿司ピザと題されたそれは、文字通り、カットされたピザの形になった寿司であり、耳の部分はマグロの海苔巻きになっていた。持ちやすいよう、三角に切った海苔に、薄い衣をつけて油で揚げ、土台にしている。トッピングは、馴染みのある照り焼きチキンやサーモン、アボカドが散らされ、マヨネーズで仕上げられていた。
「……大丈夫か」
オーダーは早かったものの、最後にやって来たジェイソンは、ブルースの高速な日本語を聞いていた。全て理解できなくとも、雰囲気から昨日の事だろうと読み取れる。何せ、大きな声で自分の名を呼ばれていたのだから。
心配ないというブルースの返事もそこそこに、やっと空気が落ち着いた。かと思いきや、ジェイソンがテーブルに置いたものに3人が立ち上がり、声を上げる。巨大なティーボーンステーキに、涎の栓が弾け飛んだ。
「止めとけダディ。そんなにスタミナつけたらハニーが砕ける」
瞼が痙攣するレイデンの横で、後の2人は、香りと見た目に酔いながら首だけで激しく同意した。
ジェイソンは、馬鹿なメンバーを白い目で見上げると、骨に沿って肉を切り離していく。本格的なステーキハウスではないので、手ごろな逸品だ。しかしボリューム相応の値段はするため、4人が頼んだものの中では最高級のものだ。
ジェイソンは、重ねていたもう1枚の皿を滑り出すと、骨から切り離した半分の肉を移す。
「座れ」
いつまでも棒立ちで見下ろされては鬱陶しい。否、頭から被ったままのタオルの影では、本当は笑みが止まらない。幽霊の様に座る3人を見届けると、皿に移したステーキを渡した。3人は黄色い悲鳴を上げると、忽ちハイエナになる。
調子よく喰らい付いていたその時、アクセルは、首元のむず痒さに顔を上げた。辺りを見回しても、代わり映えのない店内の空気だけで何もない。外を見ても、いつもの週末の街並みだった。なのに、何かに突かれた様な気がした。
人と車が行き交う合間を、大気を細く歪める何かが、音もなく走り抜ける。500メートルほど先の、だだっ広い芝生のある自然公園に並ぶ楓の木に、男は、背を預けていた。
焦げ茶色の短髪をした彼の、黒いトレンチコートが靡く。端の遊具やスポーツで賑わう声も余所に、一点を凝視している。木陰が落ち、細身がより際立っていた。多くの木々や茂みがその姿を更に隠し、まるで自然の一部の様に、周囲にあっさりと見過ごされていく。
1つ鼻をひくつかせては、独特な血生臭さが鼻腔を貫こうとした。薬品や硝煙、死んだ鹿の臭いが混ざり、こびり付いている。小動物の様な少年がこちらを振り返ったのを捉えると、肉を喰らう様子から、何から何まで見入った。
人間の臭いに混ざる別の悪臭に、唸りが漏れる。誰の耳にも触れる事のない呟きの様なそれは、徐々に視界を揺らすと、鮮やかな秋色に染まる風景を、灰色に一変させた。行き交う人々や車の動きは、途端、重々しいスローモーションに変わった。
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サスペンスダークファンタジー
COYOTE
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