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用もないのにポストを開け、溜め息を吐くと、そこに閉じこもりたいという望みに、首を振る。家を見ると、レースカーテンの向こうから、妹と母が賑わう声がした。食欲をそそる香りと、姉が帰宅するというとんでもない速報とが、身体を引き合う。
つい足が縺れ、すぐ傍の庭のベンチに座った。木製テーブルに両腕を預けると、首にかけたままのイヤホンコードを、延々と指先に巻きつけてしまう。
姉はとにかくしっかりものだ。それこそ、常に冷水を浴びているかの様に、根っから引き締まった性格をしている。甲高い犬を彷彿とさせる、散弾銃なみの口調は、躱せるものではない。勤勉で働き者、努力家で親孝行もする。そして、馬が合わない。
視線が、求める様に隣に流れていく。同じ2階建ての、こじんまりとした家は、上の部屋にだけ薄明かりがついていた。時々、太い、騒がしい声がするのだが、今は静かだ。ここ数日、顔を合わせていない。こんなに近いのに、彼女は、どうしても遠かった。
「……何、お取込み中?いやらしい路線に変えた方が有名になれるの」
母の声に膝を打ち、立てかけていたギターが倒れた。玄関の柱で腕組みする母の笑みは、嘲笑う魔女だ。妹は夕食の準備を手伝っているのか、母を呼んでいる。
「ああ、見ての通り、悩ましくて頭が割れそうだ。書くに書けないだろ?情報収集する機会があまりにも少な過ぎて、絶頂にいけない」
アクセルは、玄関に続く階段を上ると、母を横にドアを開けた。
「あらやだ心配ね。あんた、まだそのグレードなの」
入ってすぐ、妹が見えた。カウンターキッチンで、料理を皿に盛っている。奥の開いたままのストックの中は、食後のバナナプディングを作るのに、材料を抜き出して隙間だらけになっていた。
「キャシーが帰るなんてふざけた冗談は止めろ、ソニア。ミサイルのアラートじゃあるまいし」
アクセルは、カウンターキッチンから妹に前のめりになる。と、そこに並ぶ幾つものボウルに、思わず目を輝かせた。ゆで卵、アボカド、ホットチキンにレッドオニオン。そして、トマトを細かく刻んだものが分けられている。
「何言ってんの? ローストチキンが食べられる日が巻きで来るのよ? これ持って行って」
兄と同じ髪色の長髪にウェーブを立て、スプレーでしっかり固めたソニアは、中学に上がったばかりだというのに、先月よりも別人だ。アクセルは、妹の強引な背伸びに引き攣った笑みを浮かべると、差し出されたハニーマスタードの器をテーブルに運ぶ。
「ソニア、その話なんだけどサンクスギビングまで待って。鶏の高騰のせいで、母さんどころか家ごと灰になるわ」
「嘘でしょ!? 念入りにレシピを調べて、夢でレクチャーまでしたのに!? 2ヶ月の間に私が灰になるわよ!」
「……今、盛ってるそれが、お前には何に見えてんだ?」
ソニアは兄に口を尖らせる。手には、サービングスプーンいっぱいに、辛味が効いたチキンが掬われていた。先程から、ボウルに分けた具材を、綺麗な縦列の模様を描いて盛りつけている。
「で、母さん。何でキャシーが帰るんだ? 向こうでそのまま仕事する話だったろ? あんなだから、どこも採ってもらえなかったか」
アクセルは、半ばからかった直後、母にスープポットを突き出された。熱々のそれを丁寧に受け取ると、忍び足でテーブルに向かう。途中、蓋を取るように言われ、そっと持ち上げると、ポタージュがセーターの様に柔らかく揺蕩いながら、ブラックペッパーと微笑んだ。ホットチキンを作る際に取った鶏がらスープの味も相まって、唾液が滴りかける。しかしそんな場合ではないと、首を振り、蓋を片手にキッチンへ急ぎ戻った。
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サスペンスダークファンタジー
COYOTE
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