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昼食も忘れて打ち込んでおり、時刻はティータイムに近付いていた。放課後では賄いきれない練習も、満足いくところまで来ると、4人はスタジオを後にする。間の盛り上げ方や、トークをどうするかを話しながら、遅い腹ごしらえに向かった。この頃にはジェイソンも、すっかり汗をかいている。
皆はカウンターに立つと、メニューボードを見上げた。
「あれ? ママ、寿司なんかあった?」
マスターの奥さんに訊ねるブルースに、レイデンは目を瞬かせながらメニューを探る。しかし、そこには文字だけで実際の写真はない。どういう訳か、寿司だと記載されていながらピザという文字が含まれており、ブルースは、ありえないと言いた気な顔をした。
マスターはまだ出勤しておらず、奥さんが、カウンターで緩やかな移動をしながら仕切っていた。週末は早い時間から学生客がおり、恥ずかしがり屋の娘も、ホールでの業務に血眼になっている。奥では息子が調理をしていた。既にジェイソンのオーダーが入り、何やら炭火の香ばしい匂いがしてくる。
「いいやつ頼んでるよ、また」
アクセルは、タオルを被ったままのジェイソンを横目に呟く。そこへ、奥さんに不愛想にパンケーキを突き出された。歌い終わった後に染み渡るそれは、ハックルベリーとホイップで飾られた眩い品だ。それを嬉しそうに手にしてはテーブルに向かうアクセルに、ブルースはせせら笑う。
「相変わらずだな。飯じゃねぇだろ」
言いながら彼は、ナッツバーガーを手に後を追った。100パーセントの低脂肪肉でできたパティに、マヨネーズで和えたクルミ、マカダミア、ヘーゼルナッツを野菜と挟んだ、食感が楽しめる逸品だ。
席に着くや否や、ブルースは、皿のフライドポテトをアクセルに分ける。早くも大きなパンケーキを頬張るアクセルは、ソースの甘酸っぱさに顔を溶かしていた。子どもの様な友人をブルースは揶揄うと、できたての掴みづらいバーガーを口に運ぶ。
そこへ、都合悪くスマートフォンが鳴った。手が塞がるどころかソースで汚れて動けず、彼はもごもごと、ポケットから抜いてスピーカーにしろとアクセルに指示した。見ると、母からだった。
「“何ぃー?”」
「“あんた昨夜お父さんに何送ったん!? えらい額言うてきたって、電話きてんけど!?”」
画面が割れそうな声に、アクセルはナイフとフォークを落とした。
ブルースは、あの件を思い出して顎を反らすと、口と手を慌てて拭う。
「“ごめん忘れとった。ちゃうねん、別にもうええねん”」
「“ええことあらへん。何に使たんか言い”」
「“ちゃうちゃうちゃうちゃう、何も使てへんし、使う予定もないねん。小遣いで済んだから……嘘、奢ってもらっただけ”」
「“はあ!? あんた本間っ! またジェイソンか!? ええ加減にしときや! 友達は金蔓ちゃうで!”」
母の激しい叱責を片耳に、不意に飛び込んだレイデンの食事に、ブルースは堪らず声を上げる。
「“ちょ待って、そんなん寿司ちゃう!”」
日本語の叫びが更に周囲の目を集めた。隣のアクセルも、すぐ傍のテーブルの客も、レイデンの皿に笑いが止まらない。電話口の母は、ますます置いてけぼりになっていった。
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サスペンスダークファンタジー
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