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変わらない日常を送れる。それは偶然であり奇跡なのだと、母は今日までを思い返していた。
世界中のニュースを目にしてきたが、自分や家族の目と鼻の先で事件が起こる事はなかった。いつも遠目に見る側であるあまり、呑気でいた。いつ何が起こるか分からない。その何かは、大抵は起きない。心配や備えのし過ぎは毒になる。そんな言葉を誰かに言ったり、言われたりしてきた。ありがたい事に、無傷で平和に暮らせている。人はそれをどのくらい、日常で意識するのだろう。
ふと、ダイニングで食事の用意をする子ども達を見た。眩しい成長ぶりを、この先もずっと見ていたい。だから心配もするし、幾つになっても手を焼いてしまう。シッターを務めていれば、成長できる事がどれほどの奇跡なのかを考えてばかりいた。
同時に、長女が動物を想う様になって以来、同じ命あるものについて考える機会も増えた。だからつい、別居する夫に、狩猟を止めろと強く出てしまった。彼は今、大丈夫なのだろうか。
と、歩いて然程かからない所に住む夫を想ったのも束の間、狩猟というワードから、長女の話が浮かんだ。
長女は、狩猟の講義にかなりの影響を受けていた事がある。そこにもまた、残酷な背景があるのだと。その講師の名前を、なんとなく宙で探ってしまう。
そこに、次女が言う、酷いニュースだという発言が浮かんだ。その拍子に、コメンテーターが仮説だと強調した空気が蘇ると、勝手に奇妙な繋がりを感じ、思わず身震いした。
ニュースの話題は次々と切り替わり、コマーシャルが入ると、空気に温度差ができた。
朝食を済ませたアクセルが玄関を出ると、ブルースの車が来た。それに向かう最中、リビングの窓から、母がブルースに明るく手を振る。
「いつも悪いわね! 燃料代、いくらでも取ってやって!」
「お気になさらず、テレサさん。その分、声量に変えてもらってるよ」
ブルースは、車内の音を上回る声で返すと、庭で優雅に朝食を取るソニアにも、手だけで挨拶を交わす。
2人は、母の、気をつけろという念押しの声に手を振ると、出発した。
「早ぇな」
「昨夜の事件で道混んでっかもって。迂回させられそう」
下げられていくギターミュージックは、近頃よく聴く、ブルースがリスペクトする日本ギタリストのものだ。2002年に現れ、刺青が目立つファンキーなアーティストだが、エレキギターを、ピックではなく指で弾くスラップ奏法をする。個性的な技を持っており、世界的にも注目を浴びている。彼の様々な曲を、ブルースは自身のウォームアップに採用していた。
住宅街を抜け、大通りに差し掛かろうとする頃、パトカーが数台立ち往生していた。事件現場の立ち入りを、黄色いテープで阻んでいる。一部の道が塞がれており、車が順に別の道へ誘導されていた。
「俺んとこ山近ぇだろ? 昨夜やたらコヨーテ鳴いてたの、聞こえたか? 偶にある事だし、特に気にしてなかったけどよ……そいつが事件発生中だったとか、誰が想像つく?」
アクセルは、昨夜レイラと聞いたコヨーテの声に、背筋がぞっとする。今朝のニュースが蘇ると、通りに見える赤と青のパトカーの照明を見た。ふと失踪者の情報が浮かび、その家族について、自然と意識が引き寄せられていった。
♪MIYAVI
独自のスラップ奏法を持つ日本の注目ギタリストです。世界でも有名になっています。アメリカのドジャースタジアムで、国家を演奏した事でも知られています。熱い挑戦者であり、サムライギタリストとも呼ばれています。
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