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「Tell me your cheesy stories a lot......」
そう弾けるわけでもないのに、生意気に出来た薄い胼胝が、弦を滑る音を足した。不器用な感情で埋め尽くす歌は、恥ずかしそうにしゃっくりする。
また寝静まろうとする音を、爪先で芝生を叩いて起こしていく。もう一声欲しさにボディをノックし、弦を滑らかに弾いた。
風が草を撫で、どこかネガティブな音色を、大きく掬い上げる。颯爽と吹き飛ぶ音が、空高く伸びるにつれ、ニュートラルから熱いポジティブへ、グラデーションに奏でた。
「ただライトをつけただけなのに
新しい人生が始まった
つまらない時間に香りがして ダルい朝が輝いている
全ては 君が現れてからだ
隣に君が来てから 何もかもが変わったんだ
なにもかも
だけど ずいぶん遠いんだ
しばらくだよ いつ会える?
聞かせてよ 君のベタな話をたくさん
俺はつまらないだろう
イケてもないが それがどうした? 気にしない
どんなにつまらなくたって 君が最高だってのは分かる
ただ知ってほしい きみはとても綺麗だ
とても綺麗なんだ」
甘辛く仕上げた声で歌い終えた矢先、枯れ葉が額を打った。あっさり熱を拭われると、尽きかける音が、吐く息と共に夜空に消える。瞬く星と、金色の光に満ちた月は、心を通り越して喉まで温まった自分を見ている様だった。
白いフーディーに籠った熱を逃がそうと、袖をたくし上げ、快適な冷気を吸収していく。草木の香りを大きく吸い込みながら、若い芽の色付きから、萎れて新たな自然に変わるところを想像した。
植物という声なき命もまた儚く、それは人にも似て、また美しい。それを表現できるようになるまで、かなりの時間がかかった。
とはいえ未だ不完全で、良質な音ではない。だが、植物にも耳があるかもしれないならば、子守歌を贈ろう。と、指を緩やかに、燻んだフレットの上をスライドさせ、1音1音を響かせた。
音色の波紋を受けた風に、木々が躍る。その賑わいに浸っていると、腹が低くビートを打った。思いつきで家を飛び出して歌ってみたが、いい収穫に口元が緩む。
ギターを肩に提げるや否や、スマートフォンが震えた。親はもう、夕飯が出来た事でわざわざ電話をしてこない筈だというのに。受話器のマークに触れかけて、眉が寄る。妹が、一体何の用だ。
「何だ、もう戻るぞ」
「いい知らせは早いに限る!お姉ちゃんが帰って来るわよ!巻きで祝杯!」
脳天に落雷が起きた弾みで、つい、電話を切っていた。猟犬に追い込まれた小動物の様に、小刻みに右往左往している。これを機に野生人になるべきかと、馬鹿な考えを巡らせる間にも腹は唸る。
「ああ……神のご加護を……」
祈りながら公園を後にする。帰り道は、酷く短かかった。
遠ざかっていく彼の俯いた姿を、鋭利な視線が見送った。枯れ葉が圧迫される音に紛れて、木の影から、銀の眼光がそっと追い続ける。見開かれた両眼は、彼がいなくなるまで睨むと、また、森へ引き返していった。
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サスペンスダークファンタジー
COYOTE
2025年8月下旬完結予定
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