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幼少期は姉とルームシェアをしており、当時こそ、よく喧嘩をした。互いに綿密に境界を張り、越えたかどうかで揉めてきた。姉の扱う物が変われば匂いに悩まされ、友人との関わり方が変わると長電話に悩まされた。そして姉が1人部屋を持つようになると、次は妹とのルームシェアに変わった。そこでもまた、姉と同じ様なルールが設けられ、苦しめられたものだ。だが今は、やっと優雅に過ごせている。
木製のありふれたデスクに立てたライトを点けると、黒を基調とした、型の古いミニコンポが出迎えた。その横には、ブルースが中心になって製作してくれる音源と、好みのアーティストのCDが並んでいる。どれも火が出るくらいに聴き倒していた。
高校に上がってすぐの頃は、壁中がアーティストのポスターで埋め尽くされていたものの、今は白い空間に変わって大人しい。本棚のトップは、外へ持ち出す必需品のためのスペースにしており、活躍した愛用のマイクとサングラス、ウォークマンを並べた。
マイクは、高校に上がってすぐ、掃除やペットの散歩代行のバイトをして入手した。ダミーではない、ブランドロゴが入ったものが欲しくて必死だった。見た目の印象は様々だが、そこに魅力を感じている。周囲で誰も使用していないという点こそが良かった。
一般的なハンドマイクの倍の重さがあり、そこが一層、大事に扱おうと思わせてくれる。ボリュームが大きく入りやすく、声量があればあるほど様にもなる。リアルなサウンドを伝え、吹かれにも強い。接近する事で低音が強調されやすくなる、近接効果も出にくくなっている。見掛け倒しに思われがちなアイテムだが、惹かれる性能が揃っていた。
機器に最新の物を取り入れたい気持ちはあまりなかった。高価であり、親にも縋りにくく、バイトをし過ぎて活動ができなくなるのも嫌だった。古臭いと言われる事を寧ろ貫き、それらしい魅力を出したい。それがバンドの考え方だった。
とはいえ、最新システムに興味がない訳ではない。ブルースの家には、彼の父の影響で流行りのオーディオ機器が揃っている。訪問した際は、大抵それらに夢中になる。
荷物を片付けながら、昨夜に比べてイマイチだった新しいバラードを鼻で歌った。メンバーと情報交換をした事で新たな歌詞が浮かび、もう一度並べ替えようと、前向きになり始めていたその時――
連なる犬の吠え声が、窓を振り向かせた。否、これは間違いやすい草原狼、コヨーテのものだ。甲高く、子犬が鳴いている様に聞こえ、遠吠えはメロディックに上がる。とはいえ、狼の種族につき、群れて大きな獲物を狙う肉食動物であり、草や昆虫も食べる。
風に当たろうとベッドに乗り、かかったままのレースカーテンを寄せて窓を持ち上げた。
風の騒めきに微かな虫の声や草木の香りが混ざり合うと、吠え声がまた、今度は縫って紛れてきた。
ベッドの柔らかさに腰を引き留められてしまう。窓枠に肘を預け、なんとなく斜め上に空を仰いだ時、満月と目が合った。
「But it’s been so far……Like a lonely harvest moon......」
コヨーテの鳴き真似の様に、けれども、どこか悲し気に口ずさむと
「珍しいのね。随分ムードな曲じゃない?」
口が固まった。その声に、目が自ずと左右しては、そっと流れていく。と、向かいの窓で、彼女が小さく歯を見せた。
「レイっ――!」
頭部の衝撃に視界が霞み、彼女が余計に遠ざかるところ、追いかける様に窓から身を乗り出した。
※そもそも宿題の量が凄いらしく、バイトなんてしてる余裕もそんなにないとされています。ディスカッションやクイズが多いので、宿題と予習はしておかないと厳しい評価になるみたいです。
※それでもバイトをする学生もいます。よくある飲食などの接客業もあれば、文中にある散歩代行や、ペットの排泄物処理といったものもあるんですって。ただ時代もハイスペックになってきてますので、最近はそんな働き方をする人が多くいるのかどうかは不明です。日本では聞かないバイトという事で、本作では取り上げました。
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サスペンスダークファンタジー
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