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焦りに鼓動が鳴り響く中、アクセルは頭が真っ白になっていると、レイデンの安堵の息に、漸く瞬きした。
「絶頂がどんなもんかが分かったな、やっと」
レイデンの揶揄いに、アクセルは顔から引き寄せられると、彼の後ろで佇むジェイソンに目が止まった。
「……こんな感じなのか!?」
話してみたい事を予想外の一言で切り出してしまい、すぐさま、何でもないと首を振る。だがジェイソンは座り直しながら、視線だけでアクセルを掴んだ。
「まぁ近いだろう。可視化した場合が、そんな無邪気なもんだってのは知らなかったが」
可愛がる様に、アクセルがどこか遠慮していたのを察して掬い上げた。
「おい生物の授業じゃねぇ、集中しろ」
ブルースは呆れ混じりに演奏を再開しようとする。ところが、右手が空いていた。騒いだ拍子にピックを落としてしまい、隅々まで探し回る。ジェイソンはドラムから覗くと、その在り処をスティックで示した。
ブルースは、パイプ椅子の足元からピックを拾うと、微かに息を吐く。
「お揃いがなくなると、何にもできなくなっちゃうのよ」
レイデンのニヤつく発言に、ブルースは流し目を向ける。だが、それに何かを言いかけるも、演奏に差し替えた。
曲が仕上がった訳ではなくとも、生産性のある時間になった。コーラスを担当するレイデンとブルースにも、其々の持ち曲があるくらいに十分な歌唱力がある。感情を入れやすいワードをどこから引き出すか、自身がノっている時はどういう時なのかについて、2人もまた、言葉にした事がないものをアクセルのために懸命に打ち出した。
片やジェイソンは、一切歌わない。しかし、アシスタント経歴がある分、出会ってきたボーカリストの印象を話していく。中でも、ヒーリングを感じる歌詞と歌い方を称賛していた。歌を香りに変えて眠りを誘う様な、安心感があるものがいいと語ると
「ハニーをベタ褒めしてノロケるのか。止めとけ、クソ真面目なアックスがそいつを採用すりゃあ、バンドが寝落ちする」
相変わらずのレイデンに、アクセルは笑った。
「ジェイソンを堕とす威力があるくらいだ。気をつけねぇと」
言ってろと、ジェイソンは態度で訴えながら時計を見た。早くも5時半を指しており、彼はステージを降りるよう促す。
日照時間は長いが、街は夜を迎える準備を始めている。カウンターでは、マスターとその家族が忙しなくしていた。ランチメニューからディナーメニュー、ソフトドリンクの列を詰めてアルコールの陳列と、ナイト営業に切り替わっていく。また、ナイトステージのスケジュールが書かれたブラックボードが、エントランスとカウンター、客席の各所に掲げられた。入り口には必ず2人、もしくは客数に合わせてそれ以上のID確認専門のスタッフが立つ。
4人は、ステージから離れたソファー席に移ると、明日の活動について話した。そこへ、グランドピアノの華麗なジャズの伴奏が遮ってくる。
それに釣られたジェイソンが肩越しに振り返る横で、レイデンは咄嗟にフードを被り、床に滑り落ちた。予想外の時刻に現れた彼女達に、2人の目は思わず揺らいだ。
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サスペンスダークファンタジー
COYOTE
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