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♪Daddy, Brother, Lover, Little Boy / MR. BIG
1989年デビューのアメリカロックバンドMR.BIG。そのベーシスト、ビリー・シーンは、今でもめちゃくちゃ渋いですよ。
レイデンのソロ参考曲は「Daddy, Brother, Lover, Little Boy (Bass playthrough by Billy Sheehan)」こちらで聴いて頂けます。
「なぁダディ。6時のピアノライブまで使えんのに、何でケチったんだ」
ステージの使用時間枠の取り方が気になったレイデンだが、ジェイソンは無表情のまま目を逸らした。
「……そもそもみっちり使うつもりはない。他にもリハをしたい奴がいる。巻きでやるぞ」
ブルースとアクセルが準備する横で、レイデンは、ドラムに寄り掛かりながら黒い笑みで囁いた。
「ああ、つまり1発ヌく時間か。ハニーも熱いねぇ。金曜日はその匂いで隅から隅まで包むのか。止めとけ、ウエディングアイルに柑橘はありきたりだっ――」
言い切るまでに、頭から星が弾けた。第2の生命をスティックで突かれた途端、レイデンは崩れ落ちる。
ブルースは、丸くなる彼に白い目を向けながらチューニングを始めた。
アクセルは、内と外の熱の差を行動に滲ませるジェイソンを眺める。
恋愛も1歩先を行くジェイソンとは、一度話してみたい事がある。ただ、なかなか切り出せないでいた。働き者の彼の時間はとにかく貴重で、今日みたく良い物をくれた日は特に、自分のベストで返すのがやっとだった。
レイデンは、顔に皺を寄せたまま立ち上がると、持ち込まれたままのバーチェアーに縋りつく。とんだ仕打ちだが、これもまた楽しく、薄いにやけが零れた。メンバーとの時間に身体が熱され、颯爽とフーディを脱ぐと、黒い半袖から、左腕のアバドンのタトゥーが現れた。
「厳つい坊主だな。あの子も働いてるなら、腕があるのか?見た事ないバンドだが」
彼等に散々揶揄われた客だが、コーラを片手に、涼しい顔で興味深くマスターに訊ねる。
「結成して1年くらいだ。其々いい経験を持ってるから成長が速い。古いもんから最先端のもんまで、よく見てやがる。結構な頻度で新しい曲が聞こえてくる」
と、スピーカーから爆発的に飛び出したベースサウンドに、周囲は思わず目を剥いた。
1989年にデビューした有名なハードロックバンドの曲が、みるみる身体中を燃やし、視界を揺らす。70代のベーシストは尚も現役であり、その魅力には敵わない。
耳を刺激してくるベースパフォーマンスに、観衆は自然と手足を打ち、瞼を取っ払われる。目まぐるしい演奏方法を見事にコピーしているレイデンに、ホイッスルが跳ねた。
出だしは通常の奏法でも、曲中のドラムに合わせた細かい指捌きが、間で次々に飛び交う。ネックに飛び移る左手は、時に多くの分身を見せた。弦を押さえて弾くという一般的なイメージを覆す、ピアノの鍵盤を叩く様なネック上での指の動きは、蠢くネズミか。ギターと同じメロディに合わせる低音は、右手の細かな位置変更で歪み、エッセンスを加えた。
顔付きはどこか尖り、己の世界に入るレイデンは、誰にも聞き取れない声で歌を口ずさむ。ただの準備運動と気分転換だった。熱狂的に好きというよりも、幅広く聴く曲の1つにすぎない。
譜面など読まない。否、読めない。その分、耳は抜群に良い。基本的に、音源を受け取るだけでコピーできてしまう。鋭く研ぎ澄まされた感覚は、仕事にできるくらい良質なオリジナルサウンドも出せた。
左手の指に合わせて“AbaDdON”の文字が激しく踊る。一時的に1員だった大人数の元ロックバンドは、非行によって補導されて滅んだ。そしてレイデンは、昨年の春に解放され、漸く普通の生活ができている。
イナゴとサソリを併せ持つ姿をした悪魔のタトゥーが、翼をはためいている。不気味なそれは、トライバル風の模様だが、ベースラインだけで描かれていた。
そのままにしている理由を、レイデンは演奏で塗り潰す。それを理解する3人は、やっと見られるようになった彼の自由な姿とメロディを、どこにもやるつもりはない。
左腕が曲の終わりを打ち上げた。客席からは、隙間が目立つにもかかわらず拍手が響く。レイデンは、銃口の硝煙を吹き消す様に、軽い息を吹いた。
※ウエディングアイル=バージンロード
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サスペンスダークファンタジー
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