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ジェイソンは、ライブハウス指定の黒のフードベストを羽織り、コンタクトレンズに変え、清々しい顔色になっていた。スッキリとしたベリーショートの茶髪は適当に流し固められているが、チタンのチェーンネックレスから襟を見れば、ほのかな汗で湿ってヨレている。
「おはようダディ。やっぱそうでなくちゃな。ハニーは救われたぜ」
レイデンはジェイソンに迫ると、露骨に彼を嗅いでやる。どこか爽やかな香りがしないかと、ブルースはアクセルに目だけで問いかけた。
ジェイソンはハエから遠ざかる様に引くと、ステージ上に向かう。3人は首を傾げた。奥のスタジオへ行くのではないのかと、目を瞬いてしまう。
「お前等はついてるな。お仲間にも、今日という日にも」
マスターの声に3人が振り向いた直後、ジェイソンの軽いヒットが鳴る。ブルースは目を輝かせた。今日の練習はステージでできる。
「いいのか? 高いんじゃねぇの?」
アクセルは、涼し気なジェイソンにステージ下から訊ねると、レイデンに肩を寄せられた。
「齧っとけ。稼ぎ頭はこれが当然よ」
「レイ、半額払え」
それがキューだったか。口数の少ないマスターの娘が、ジェイソンの淡々とした声に、たどたどしくレイデンの横に来た。レイデンは、ジェイソンに闇の笑みを返す。
娘は、指定の黒いサンバイザーを目深に被り、縁が太い眼鏡越しに目を震わせていた。
「レ、レ、イデン……フィ、フィッシャーさんでそ、その、あああ合ってますかっ……!?」
伝票ホルダーから覗く様子は生まれたての小鹿だろうか。レイデンは視線だけで、彼女の足元からじっと舐め上げる。僅かに見える顔は、暗いライブハウス内でありながら真っ赤だ。
「さぁ……? 別の方法でチェックした方がいいかな、シスター……」
娘が迫られる矢先、マスターの怒号が2人の距離を開ける。周囲が耳を塞ぐほどの暴言に娘も飛び上がると、伝票をレイデンの胸に押し付けた。
「う、うう受け取ってくださいっ! カカカ、カウンターで、ままま待ってますっ!」
告白を終えて走り去る小鹿を、レイデンは、ラブレターの様な伝票ホルダーを揺らしながら、優雅に言われた場所へ向かった。
「俺の娘にだけは近付くな」
「残念だ。人を常にフルネームで呼ぶのがあたぼうなフレッシュさに、そそられるってのに。ただ、いつどんな時でもああじゃ、ペースに困る。俺が文字通り、具合悪ぃトコ、釣ってやるよ」
レイデンは、言い終わりに顎をちょいと反らせる。と、朝から突き立ったままの前髪が、釣り竿の如く弾んだ。
一方で、後の2人は半ば焦っている。
「ブルース、やっぱバイトした方がいい。けど悪い、2人とも。すぐ決まらねぇから、取り敢えずガレージに放ったらかしてる父さんのトロフィー売り飛ばして払う」
「俺は親父に、ヨーロッパから送金してって、今テキストしといた」
それを聞きつけたレイデンは、カウンターから興奮の声を張る。
「マジ!? じゃあこいつぁチャラだ、ダディ!」
「払え」
ジェイソンの一点張りに、レイデンは崩れ落ちる。とはいえ、想定内の返事に影で笑うと、マスターに代金を渡した。
「投資だ。さっさと世界に連れてけ」
ジェイソンは、スティックを手に叩きつけながら、薄っすらと口角を上げた。
2人の震えが脳天にまで達する。彼にはまだまだ硬いところがあるが、笑顔を見せてくれる頻度が増えた。それにもまた、胸が熱くなった。
※フィッシャー=釣り人。苗字にも使われています。
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サスペンスダークファンタジー
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