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座学よりも、関わった人達から得た事こそ多かった。ここを離れてからでもその学びは忘れず、新たな出会いを通じて、再び自身を変えていくだろう。しかし今は、退職の寂しさに胸が痛む。
訪問の仕事から戻ると、施設にいる犬達を庭に解放し、モニターを始めた。彼等もまた、最初は苦しみを抱えていた。その傷が完全に癒える事は無いのかもしれない。
人が開放的な広間で駆けまわる事で快適さを覚える様に、動物達もまた、それを感じているならば、同じ様にストレスを発散させ、新たな時間を生きていけばいい。
キャシーは、まるで子どもに戻った様な犬達を眺めながら、胸で呟いていた。
「地元でも同じ仕事を探すの?」
不意にやって来た同僚に話しかけられ、キャシーは、そのつもりであると答える。彼女はその流れで、訪問した利用者や自閉症の少年の変化について話した。最終勤務日に朗報を得られてなによりだと、同僚は笑顔に満ちていく。と、ある事を思い出してキャシーに訊ねた。
「そういや、結局、ラッセルさんとは連絡ついたの?」
「ううん。同じ職場の人が代わりに返事をくれただけだった。今、酷い騒ぎになってるのと、お腹もずっと大きいままだから、仕事ができてないみたい。何か助けになれたらって思ってるんだけど……」
「気持ちは分かるけど、すぐには無理でしょ。ワイルドライフマネジメントなんて未経験だし、今それにチャレンジしたって、実習できないじゃない?山に入ったら襲われるんだし」
「そうなんだよね……それに弟と妹の事もあって、真新しい事を始めるには、正直あまり現実的じゃないのかなって……」
声にすると、やはり、母親や家族全体の事を考えた道を優先する方が良いのかもしれないと思えてくる。
「弟くん、卒業するグレードでしょ? そんなに手を焼かなくたって、バイトでも何でもやって、一人立ちするでしょうに」
キャシーは少し顔を緩めながらも、溜め息混じりに首を振る。弟はどう見ても浮き足立ち、呑気に生活をしている様だった。卒業したら、そのままレコード会社に入れると思っている様にすら見える。
とは言え、成績が悪いといった話は聞いた事はなかった。必要最低限の事はしているのだろうが、それでも、もう少し現実を見てもらいたいところだった。
「今は、すぐに両親が寄りを戻すとは思えないし、父さんから養育費は入るけど、それだけじゃね。帰ったら、弟がどういうつもりでいるのか、ちゃんと聞く」
「で、必要なら躾? 愛があるわね。でも犬じゃないんだし、成人近いんだから、ほどほどにしてやんなよ」
そう諭してくれる同僚にも兄弟がいるが、聞く限り、彼等は羨ましいほど落ち着いている。進学や就職の事、それに向けてバイトをどうするかも、誰かに相談しながら決められているそうだ。よって、こちらはなかなか不安の膨張が止まらないでいる。
「ありがとう。まぁ、努力するよ」
キャシーは同僚に後を任せ、最後の片付けをしに、デスクに向かった。
そこには、夢中になった、犬の歴史が纏まっている古い本が並んでいる。情報の流れが凄まじい現在、5年前の書籍は、すっかり古いデータなのだろう。読み返される事が少なくなった内容は、この先も決して忘れてはいけない動物達の苦しみだけでなく、人の、動物に対する目を覆いたくなる行いが記されていた。
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サスペンスダークファンタジー
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