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「まぁよく食べて……あの人ったら、朝ごはんをあげなかったのね。可哀想に……あら……?」
利用者は、ふと、目を瞬く。状況の変化に、キャシーの鼓動が高まる。利用者は相変わらず、セラピー犬が餌を食べるのもお構いなしに、至る所を撫でまわしていた。だが、膝に乗っかる両前足を、執拗に触れていく。
「ねぇえ? この子、猫じゃないみたいだわ……本当に大きいもの……犬……?」
それを確かめようと、利用者は、キャシーを覗き込む。キャシーは、目を輝かせずにはいられなかった。
「ええマーサさん。サニーは、ここに来るどの犬よりも年上で、お婆さん犬なんですよ」
「まぁそう! そうだったの!」
接触を持つ時間は、セラピー犬へのストレスも考慮し、30分ほどと決まっている。週に3回訪れ、相手の脳の癒しに繋げていく。柔らかいものや、生き物の温もり、同じ命あるものに触れる事で、生きている実感にも繋げられる。
認知症を患う利用者は、セラピー犬と触れていない間は、ネガティブ思考に陥りやすかった。何も分からなくなっていく自分を認識した途端、極度の自己嫌悪に陥り、周囲に当たってしまう事もしばしばだった。
そこで、アニマルセラピーを通じた目標設定がなされた。昔の様に違いを認識できるようになり、自信に繋げようというものだ。
サニーは犬だと教える事は簡単だが、そうである事に自ら気付いていく事が重要であるとし、長きに渡ってゴールを目指してきた。キャシーは、例えようのない震えを感じた。
「グレイ先生、やっほー! 見て、キャロットがおやつを食べてくれた」
7歳の少年が兎を抱けるようになったのは、つい昨日の事だ。恐怖心が大きな理由だったが、それは以前に乱暴をし、嚙みつかれた事が原因だった。しかし今は、両手で優しく包み込み、兎も大人しい。
「力の入れかたを、ぬいぐるみでトライしたよ。それから、パパとママをハグして、ためした。どのくらいなら、きもちがいいのかって」
多動の傾向もある彼だが、友達になれた兎と過ごす間は、落ち着いて過ごせていた。彼自身が予め確認する専用のスケジュール表には、時間の記載だけではなく、アナログ時計の絵も描かれている。
「ながいはりが6にくるまでは、いっしょにいられるんだよ。キャロットの、えにっきをかくんだ。はずかしがらなければいいけど。パパがね、どうぶつは人みたいに、はなしてつたえられないから、よくみてやれって」
兎が顔を上げ、キャシーをじっと見つめる。この兎もまた、飼育放棄を引き金に保健所で過ごしていた、臆病な動物だった。スタッフと馴染むのにもかなりの時間がかかった。なのに、ひと月経たない内に、彼に心を開いた。一度は怖い思いをさせられたとはいえ、何か惹かれるものがあったかの様に。
彼は、人とのコミュニケーションを苦手としており、身体が小さくて柔らかい動物とは特に、馴染むのが難しいのではないかという懸念もあった。だがそれは、相手をしてみない事には分かり得ない部分だった。
老人ホームと療育支援施設が一体化している大規模施設では、老人と子どもが接触する事で、生きる事を学ぶといった目的を設けている。そこにアニマルセラピーを取り入れる事で、動物の生態を知り、命を育てる経験ができるようになっていた。
「大事に向き合ってあげてちょうだい。伝える方法は、なにも言葉だけじゃないから。あなたが絵に描いて伝えるみたいに。後、歌ったりね」
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サスペンスダークファンタジー
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