表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
COYOTE  作者: terra.
Prologue
2/165




 野外ライブの夜は、活気の層を増し続けている。

 ステージから観客エリアまでを往復する、数々の照明がありながら、ハンターズムーンこそが、一帯を眩く見下ろしている。その先で、主を失ったガイコツマイクに光が這った。




挿絵(By みてみん)




 バンドサウンドが辺りを熱し終えた途端、6人のメンバーを激励する声が飛び交った。観客のシャウトが炸裂した矢先、歓声が、一時のリードになる。

 ステージ両側で、バンド名が銀のフラッグに揺れると、歪んだ影が、顔に不安を滲ませるミュージシャン達に落ちた。






挿絵(By みてみん)




 ガードの厚さは、これまでを上回っている。明滅するパトカーの照明の中、警官達が、会場の外側で死角を補い合っていると、無線が飛んだ。



“ガルシア、俯瞰しろ。一点に集中し過ぎるな”



キャプテンの指示に、部下達が鼻で笑う。と、透かさず向けられたチームリーダーの視線に、彼等は緩んだ顔を引っ込めた。

 チームリーダーは、無線越しに叱責を受けた彼女の肩を取る。



「レイラ、気持ちは分かる。

だけど何度も言わせないで、これは仕事よ」



 振り向いた彼女は、緊張に息が荒れ、瞳も震えている。




 以前とは違い、もう、ただ自由に動き回って彼を探すのではない。そう言い聞かせながら、小さく返事をした。

 失踪した彼を探す為にこの道を選び、やっとここに立たせてもらっている。自分に警備させてほしいと懇願したものの、今にも心臓が出そうだった。



「アックス……」



 不意に零した名を、スモークが吹き消した。レーザー光で彩られてできた、サイバーパンクな空間が、駆け出しの警官の強張る顔を、模様に変えていく。これが、ステージ上の友人達による励ましであると思うと、寂しさが少し拭われた。








 ライブの回数を重ねる毎に報道陣も増え、賑わっていた。



“オルタナティブロックを手掛けるバンド、Lasting(ラスティング) Trace(トレース)。彼等の3度目のチャリティーライブの真っ只中ですが、観客数をご覧ください。前回よりも圧倒的な数です。

 本来、ボーカリストとして存在するアクセル・グレイの行方を追うべく、彼等は立ち上がりました。励ましの輪も、より広がりつつあります。

 バンドが引き起こす躍動感あるミュージックウェーブ。そこに乗せられる全ての視聴者の善意が、失踪中である彼等の友人、そして、同じくそれ以前より失踪しているステファン・ラッセルの、捜索費用に充てられます。

 彼等の人生、家族の幸せを願っての活動は、これからも続いていくでしょう。いえ、続けられるべきです――”








 興奮と熱に満ちた女性アナウンサーの中継は、ビルの大画面にも映されていた。だが、街道は賑わっていても、目を向ける者は少ない。

 2人の失踪事件が起きて2年が過ぎた。人々は、別のニュースに関心を向けつつあった。




 がらんどうのビルの屋上に、彼は、腰かけていた。縁に足を放り出し、流れるライブ映像を見下ろしている。脳内で共鳴する報道内容に被さりながら聞こえるのは、知らない音だった。




 女性ボーカリストが、誰かのガイコツマイクに触れながら、自らのハンドマイクを通して歌っている。そこに、男女のツインギター、男性ベーシストの映像が割り込んだ。かと思えば、手付きのしなやかな女性キーボーディストから、殆ど背後から映される男性ドラマーがカットインする。




 視界に揺れる髪が銀色に変わると、毛先が、映像の彼等にモザイクをかけた。何故か、知らない彼等に意識を持っていかれてしまう。目を離せないのは、ステージのバックスクリーンにスライドされる静止画のせいだった。




 ガイコツマイクを握る男性ボーカリストを見るにつれ、鼓動が速まり、身体が熱されていく。瞳孔が縦筋に変わるにつれ、歯を喰いしばると、スタジアムジャンパーの中で体毛が逆立ち、筋肉が膨れ上がる。




 気が付くと、柵に預けていた背中が前傾になっていた。



『しつこいな……こいつは、馬鹿げた人間に訪れた、抗えん運命だってのに……』



 脇で、銀の被毛に身を包むコヨーテが、泥の如く声を落とす。と、彼は、フーディーの影から銀の眼光で睨んだ。




 呪いの獣の発言を、耳が捥げそうになるほど聞いてきた。だが、それに抗い、どうにか人間として在る努力をし続けられている。そう自信が持てるのは――




 ジャンパーのポケットから、黒革の手帳を取り出す。表には、“KEEP IT(捨てるな)”と彫られていた。幾度となく開いてきたページは、広げ過ぎては風に攫われかける。




 全ての行に、殴り書きの文が詰まっていた。所々が滲んだ文字を追っても、いつ、どこで、どんな様子で綴ったのか、首を傾げてしまう。だが、そこにある言葉で、今の自分を保ってきた。



「アホ犬が……てめぇも、黙って救われろ……俺は、人間だ……」



 彼は、最後のページから顔を上げ、力強くノートを閉じると、ビルの縁に立ち上がる。突風に銀髪をさらされ、銀に光る獣の眼を見開いた。

 環境に意識を集中するにつれ、街の音が静まっていく。やがて、ここから遥か遠くで実施されているチャリティーライブの音を聞きつけると、鼻をひくつかせた。冬を迎えようとする冷たい夜風に、不思議な甘い匂いを嗅ぎつけ、誘ってくる様だ。




 鼓動に全身を打たれると、彼は、助走をつけた。隣のビルへ高々と飛び移ると、傍のシルバーコヨーテも後に続く。細い2つの銀の閃光が宙に引かれても、誰の目にも止まりはしない。光は陽炎と化すと、雲に覆われかける狩猟の月を、しっとりと歪めた。




挿絵(By みてみん)









-----------------------------------------


サスペンスダークファンタジー


COYOTE


2025年8月下旬完結予定


Instagram・本サイト活動報告にて

投稿通知・作品画像宣伝中

インスタではプライベート投稿もしています

インスタサブアカウントでは

短編限定の「インスタ小説」も実施中


その他作品も含め

気が向きましたら是非




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
お疲れさまです♪ 新連載スタートおめでとうございます! いやあ~ライブからのスタートは痺れました! チャリティーで活動なさっているのを見て、音楽は心と体を繋ぎ止めてくれる、掛け替えのない温かさを感じま…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ