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野外ライブの夜は、活気の層を増し続けている。
ステージから観客エリアまでを往復する、数々の照明がありながら、ハンターズムーンこそが、一帯を眩く見下ろしている。その先で、主を失ったガイコツマイクに光が這った。
バンドサウンドが辺りを熱し終えた途端、6人のメンバーを激励する声が飛び交った。観客のシャウトが炸裂した矢先、歓声が、一時のリードになる。
ステージ両側で、バンド名が銀のフラッグに揺れると、歪んだ影が、顔に不安を滲ませるミュージシャン達に落ちた。
ガードの厚さは、これまでを上回っている。明滅するパトカーの照明の中、警官達が、会場の外側で死角を補い合っていると、無線が飛んだ。
“ガルシア、俯瞰しろ。一点に集中し過ぎるな”
キャプテンの指示に、部下達が鼻で笑う。と、透かさず向けられたチームリーダーの視線に、彼等は緩んだ顔を引っ込めた。
チームリーダーは、無線越しに叱責を受けた彼女の肩を取る。
「レイラ、気持ちは分かる。
だけど何度も言わせないで、これは仕事よ」
振り向いた彼女は、緊張に息が荒れ、瞳も震えている。
以前とは違い、もう、ただ自由に動き回って彼を探すのではない。そう言い聞かせながら、小さく返事をした。
失踪した彼を探す為にこの道を選び、やっとここに立たせてもらっている。自分に警備させてほしいと懇願したものの、今にも心臓が出そうだった。
「アックス……」
不意に零した名を、スモークが吹き消した。レーザー光で彩られてできた、サイバーパンクな空間が、駆け出しの警官の強張る顔を、模様に変えていく。これが、ステージ上の友人達による励ましであると思うと、寂しさが少し拭われた。
ライブの回数を重ねる毎に報道陣も増え、賑わっていた。
“オルタナティブロックを手掛けるバンド、Lasting Trace。彼等の3度目のチャリティーライブの真っ只中ですが、観客数をご覧ください。前回よりも圧倒的な数です。
本来、ボーカリストとして存在するアクセル・グレイの行方を追うべく、彼等は立ち上がりました。励ましの輪も、より広がりつつあります。
バンドが引き起こす躍動感あるミュージックウェーブ。そこに乗せられる全ての視聴者の善意が、失踪中である彼等の友人、そして、同じくそれ以前より失踪しているステファン・ラッセルの、捜索費用に充てられます。
彼等の人生、家族の幸せを願っての活動は、これからも続いていくでしょう。いえ、続けられるべきです――”
興奮と熱に満ちた女性アナウンサーの中継は、ビルの大画面にも映されていた。だが、街道は賑わっていても、目を向ける者は少ない。
2人の失踪事件が起きて2年が過ぎた。人々は、別のニュースに関心を向けつつあった。
がらんどうのビルの屋上に、彼は、腰かけていた。縁に足を放り出し、流れるライブ映像を見下ろしている。脳内で共鳴する報道内容に被さりながら聞こえるのは、知らない音だった。
女性ボーカリストが、誰かのガイコツマイクに触れながら、自らのハンドマイクを通して歌っている。そこに、男女のツインギター、男性ベーシストの映像が割り込んだ。かと思えば、手付きのしなやかな女性キーボーディストから、殆ど背後から映される男性ドラマーがカットインする。
視界に揺れる髪が銀色に変わると、毛先が、映像の彼等にモザイクをかけた。何故か、知らない彼等に意識を持っていかれてしまう。目を離せないのは、ステージのバックスクリーンにスライドされる静止画のせいだった。
ガイコツマイクを握る男性ボーカリストを見るにつれ、鼓動が速まり、身体が熱されていく。瞳孔が縦筋に変わるにつれ、歯を喰いしばると、スタジアムジャンパーの中で体毛が逆立ち、筋肉が膨れ上がる。
気が付くと、柵に預けていた背中が前傾になっていた。
『しつこいな……こいつは、馬鹿げた人間に訪れた、抗えん運命だってのに……』
脇で、銀の被毛に身を包むコヨーテが、泥の如く声を落とす。と、彼は、フーディーの影から銀の眼光で睨んだ。
呪いの獣の発言を、耳が捥げそうになるほど聞いてきた。だが、それに抗い、どうにか人間として在る努力をし続けられている。そう自信が持てるのは――
ジャンパーのポケットから、黒革の手帳を取り出す。表には、“KEEP IT”と彫られていた。幾度となく開いてきたページは、広げ過ぎては風に攫われかける。
全ての行に、殴り書きの文が詰まっていた。所々が滲んだ文字を追っても、いつ、どこで、どんな様子で綴ったのか、首を傾げてしまう。だが、そこにある言葉で、今の自分を保ってきた。
「アホ犬が……てめぇも、黙って救われろ……俺は、人間だ……」
彼は、最後のページから顔を上げ、力強くノートを閉じると、ビルの縁に立ち上がる。突風に銀髪をさらされ、銀に光る獣の眼を見開いた。
環境に意識を集中するにつれ、街の音が静まっていく。やがて、ここから遥か遠くで実施されているチャリティーライブの音を聞きつけると、鼻をひくつかせた。冬を迎えようとする冷たい夜風に、不思議な甘い匂いを嗅ぎつけ、誘ってくる様だ。
鼓動に全身を打たれると、彼は、助走をつけた。隣のビルへ高々と飛び移ると、傍のシルバーコヨーテも後に続く。細い2つの銀の閃光が宙に引かれても、誰の目にも止まりはしない。光は陽炎と化すと、雲に覆われかける狩猟の月を、しっとりと歪めた。
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サスペンスダークファンタジー
COYOTE
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