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「……私達なんかに分かりっこないよ。妊娠や結婚どころか、恋愛だってこれからじゃん。これ見てよ。ついこの間、奥さんが出したやつ」
生徒は、淡々と印象を添える相手に、そっと画面を差し出した。
“夫である貴方の傍で子どもを産むのは当たり前。貴方がどんな状況にあろうと、私はずっと想ってるし、待ってる。お願いだから顔を見せて。何がいけなかったのか、何があったのか、どうか聞かせて”
2人の会話が止まった。だいの大人に比べれば、自分達は、まだ人生を駆け出したばかり。感情的なメッセージを発信する失踪者の妻は、世間に夫を容疑者呼ばわりされている。捜査中だというのに、犯人かもしれないという話題が先立つお陰で、容疑者に染まりつつあった。
もし自分が当事者であった場合、果たして、この様に愛を持ち続けて戦う事はできるのだろうか。自分達の周りにいる大人すら、この事態を想像できずにいる。よってどうしても、夢のまた夢の様にしか感じられなかった。
1つ言えるのは、目まぐるしく立つ勝手な言い掛かりこそ、恐ろしいという事だ。それは同時に痛くもあり、何枚もの壁を立てておきたくなる。実際にそんな経験をしたり、クラスメートが経験したりしているのも、見た事があった。
「死者が出てしまう前に解決したらいいのにね……本当の事なんて分かんないけど、奥さんの愛してる気持ちは、嘘じゃないって思いたいかな……」
「私なら、世間の声に泣き喚きそう……それを考えると、この人は強いんじゃない?」
レイデンは、硬いパンの音を鳴らすと、聞き耳を立てる空気を荒々しく毟り取る。彼は、こまめに落ちたパンくずをテーブルの縁に集めながら、レモネードを流し込むと、次の一切れを手にした。
ブルースは軽く息を吐くと、口に運び忘れていたラップサンドを放り込み、言う。
「俺ん家の近所だから、気にはなるんだよなぁ」
つまり、アクセルの家の近くでもある。ブルースの家の周りには、キャンプや狩猟で賑わう山林がある。実際に事件の騒ぎを聞きつけ、負傷者の搬送も見かけた事もあった。
隣の女子生徒の会話の内容は、3人とも把握している。猟のついでに容疑者も狩ってやる、などと言う者がいる事も。
「お前とこの父さんは、まだやってんのか。ハンター」
ブルースの質問に、レイデンもアクセルを見る。
「やってんじゃないか。さすがに、噂になってる様な馬鹿はしてないだろうけど」
父の度が過ぎる趣味である狩猟が、別居を招いた。とはいえ、月日が経った今、母と酷く仲違いをしている訳でもない。子ども達にとっては家族である事に変わりはなく、時々、父と連絡を取り合っている。母はそれを当然とし、特に何を言う訳でもなかった。
「釘打っときゃいい。バカしでかしたら俺がてめぇを狩るぞ、ってな」
レイデンは、膝に予め敷いておいた紙ナプキンに、パンくずを落として纏める。
「その感じじゃ、しばらく喋ってねぇな。連絡するいい機会だろ」
ブルースはアクセルに提案すると、最後のラップサンドを頬張った。
アクセルは、待ち伏せするデザートを横目に、2人の言葉に小さく相槌を打つと、皿を平らげた。
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サスペンスダークファンタジー
COYOTE
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