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陽射しが痛い。出先の気候も無視して吹き出した汗を、ヘッドバンドは吸い切れていない。今は、暖かい春風に汗を拭わせようと、冷たい土の上に身を預けている。
北半球への移動から、呪いの払拭まで、僅か3分。彼――アクセルと話す時間が確保できたのは、奇跡だった。とは言っても、一方的にこちらが訴えるだけに終わり、彼には、意味の1割も伝わっていないだろう。
全身から立ち込める、湯気を彷彿とさせる黒い陽炎は、次第に体内へ引き返していく。それが揺らめく速さは、血流に等しい。足を動かして移動する訳でもないのに、まるでそうしていたかの様に、息切れがなかなか治まらなかった。
少しして、若干の力を取り戻すと、密着型ポーチからスマートフォンを抜き、手早くニュースを漁る。ラジオが早いだろう。そう目星をつけると、案の定だった。
“失踪中のアクセル・グレイが先ほど、チャリティーコンサート会場付近で保護されました。彼自身、あのシルバーの姿をしておらず、容態は安定している模様です。再会できた家族や友人はもちろん、この日のために貢献してきた多くの協力者による力が、今夜、漸く形になりました。しかしまだ、彼が共に行動していたとされるステファン・ラッセルの行方は追えていません――”
忙しないアナウンサーの声を聞き、安堵するのも束の間、重い腕で、空色に光る眼を覆う。
発見された彼を手掛かりに、再び移動する事も考えた。だが、これほどまでに体力が削られるのもまた、この身体を手にして以来、初めてだった。
そろそろ場所を変えねばならないというのに、強制的に拠点に戻された反動で嘔気に襲われ、未だ立ち上がれない。時間帯を考えても、通行人が増える。見つかっては厄介だ。
眼光が引くと、茂みから静かに上体を起こす。広々とした公園は、主に午後からストリートパフォーマーの住処になる、スケートパークだ。
脇に置いていた、もう1つの移動手段であるスケートボードを掴むと、周囲に目を凝らしながら、どうにか足に力を送り、立ち上がる。背中の疼きが、随分な高さから落ちたことを物語っていた。陽炎の膜による支えは、間に合ったとはいえ、薄かった。
不安定な足取りで茂みを跨いだ拍子に躓いた。トレーニングウェアの下から、父の遺品であるペンダントが飛び出した。それは、細い、涼やかな音を優しく放った――
その音に、ふと、現実に連れ戻される。無理矢理に背筋を伸ばし、眼を眩ませてくる不快な朝陽の下で、そっと、それに触れた。
真っ青な海に浮かぶ、広々とした金色の大陸の全てを、果たして、守れるだろうか。それは、自分たった独りでしか挑めない事なのだろうか。
考えるにつれて、己が鉛になる様だった。だが、先程出会った彼を見て、今は少なからず希望を抱けている。
目に見えぬ何かと向き合い、応えようとする。それが僅かであれ、成功したのであれば、未来への可能性が十分にあると思えた。人には、その様な力もまた、あるのだ。だからもう一度、この世界にそっぽを向いてしまった“何か”に、振り向いてもらいたい。そして気づかせたい。と、ペンダントを握り、そのまま胸に仕舞った。
スケートボードに足をかけた。どこを見るでもない眼に、空色の光が淡く灯る。視界がぼやけた水色になり、あたかも美しいだろうと、嘲笑うようだ。
尖る両眼は、やがて、熱い眼差しに変わると、見据えた。未だ、変えられる可能性が十分にある未来を。何十億とある心次第で、変えられる未来を。そこに通う熱意の脈を、断たないために戦ってみせる。そして
「……勝つ」
地面を蹴ると同時に、眼光が瞳の奥に引いた。颯爽と走るスケートボードは、そのままパーク内の傾斜に深く入ると、目前の坂を上る。汚れた手の中で、鏡張りのピストルを旋回させ、大腿のポケットに入れた。
悠々と弧を描き、坂の縁にかかることなく着地する。彼は街を――“狂わされた時間”を、後にした。
Fin.
*完結・公開済み新作「Dearest」に続く
*未公開 新シリーズ「TIME SHIELDER」に続く
*完結済み「大海の冒険者シリーズ」に繋がる
ありがとうございました。
以降、作者後書きを通して、本作執筆時のアレコレや、その他作品のヒント・宣伝をお送りいたします。
ご興味がございましたら是非、ゆっくりと御覧頂けますと幸いです。
また、続編「Dearest」が完結まで一挙公開されます。
ステファンとホリーの一生が語られる、代表作に続く大きな1作です。
そちらも、よろしければ覗いてみてください。
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