15
このまま眠らされようとも、取り戻した自分の声が枯れるまで、彼女を呼び続けた。
横では無線が飛び交っている。失踪者の確保を告げる警官の声が、現実味を帯びていく。取り押さえてくる警官の腕に抗いながら、柵に手を伸ばし、金網の音を立てては、自分の居所を周囲に知らせた。
これに、観客が振り向いていく。まさかと目を見開いた客から一斉に、曲に合わない叫び声で事態を広め始めた。アクセルの帰還を知らせる声に、あの晩に届けたバラードが破られ、水を打った様にカットアウトされた。
レイラの瞳は震えていた。今まで、多くの錯覚を経験してきた。なりすます者もいた事で、何に置いても疑い深くなっていた。しかし、今回ばかりは、聞こえる声も、そこに乗せられてくる感情も、まるきり違っていた。気づけば駆け出し、タガが外れた様に叫んでいた。
「アックス!」
全身の震えに邪魔され、目の前の彼が、未だに幻に見える。それでも、抗いながら掴み取ってくる真っ直ぐな視線に、本物を感じた。
「ガルシア止まれ! 油断するな!」
チームメンバーの怒号を突き破ってでも、レイラは走った。
アクセルは警官を大きく振り解き、飛び出した。服や腕を引っ掴んでくる彼等を背に、彼女を求め、前のめりになる。と、振り絞れるだけの力を足に込め、地面を蹴った時――腕にレイラを大きく抱え、倒れた。
柵が圧し折られるほどの騒ぎが、瞬く間に押し寄せる。3人の名の知れたミュージシャンが、ステージから飛び降りた事で、混乱が起きていた。雪崩の様などよめきは、警察のガードを打ち破ると、メンバー達の再会に、涙と喜びの渦を巻き起こす。
走ってくる家族が見えた途端、アクセルはその腕の中に飛び込むと、謝罪で溢れ返した。別れを無理矢理に選択した途方もない痛みが、言葉になる度に、皆の肩を濡らした。家族は、アクセルの全てを受け入れ、彼の疲弊した心身を包んだ。
警官の付き添いのもと現れた3人のメンバーは、困惑を隠し切れず、飛び込んだ光景を前に足が竦む。家族に支えられながら立ち上がったアクセルは、震える眼差しを向ける3人に、やっと顔を上げた。
そこにいる彼が、アクセルなのか。メンバーは、顔が強張ってしまう。だが、今までとは身体の反応が違っていた。求めようとする手足の動きは、肌に染みついた友人の記憶のもと、自然に欲しがって震えている様だった。
「“お前はっ……本間っ……何をっ……どこまでアホなんじゃっ!”」
勢いで飛びついたブルースの手が、アクセルの胸倉を掴む。だが、振り上がった拳は、力無く彼の肩に落ちると、そのまま抱き寄せた。
レイデンは、身体の芯が緩んだまま歩み寄る。速くなる鼓動に息を震わせたまま、ふと、力無い笑みを絞り出すと、一筋の涙を零した。
「よう、ミスターシルバー……ヒーローってのは実際、辛ぇんだろうな……」
アクセルもまた、静かに笑い返すと、レイデンを大きく抱きしめた。互いに堪えていたものが、震えと熱に変わると、背中に伝わってきた。
それでもまだ、ジェイソンの足は重いままだった。痞えているものに、行く手を阻まれていた。
アクセルは、瞳を薄く濡らして佇む彼と、暫く見つめ合った。いつでも俯瞰している姿勢は、何も変わっていない。彼の様に上手く構える事はできなくとも、そうして別の方向も探ろうとする性格は、少し似ている気がした。だからこそ、自ら彼を迎えに出た。
瞬きを忘れたジェイソンは、瞳の裏側で、この瞬間までを振り返っていた。
気づけばステージを下りていた。ライブをしていた事も、今は信じられない。手の震えは、この瞬間を迎えるためだけに重ねてきたヒットによるものではなかった。一時に見た幻覚や、夢に出てきた友人とは違う。向かい来る彼は、意を決したあの日の姿のままであり、鮮明な輪郭と影を保っていた。やっと、そう意識できると、絡まっていた言葉の糸が解けた。
「……悪かった」
ジェイソンの消えかかる声に、誰しもが俯き、空気を濡らしていく。
沢山の目や脳が、手足や、耳がありながら、アクセルにできた事は少なかったとしか思えなかった。
姿を消してしまった事で、皆を苦しめてしまった。1人1人から湧き出る想いが、再び、触れられる距離で感じられる。アクセルは、強く抱き締めた――誰よりも声を殺して涙し、顔を上げられないでいるジェイソンを。
「ありがとう」
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サスペンスダークファンタジー
COYOTE
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