12
アクセルがクランチを呼ぶよりも先に、クランチの甲高い悲鳴が上がった。瞬く間に起きた事態は、広がる灰色の視界の中でも、凄まじい流れを見せた。
まるで、生きた黒煙か。太い蛇の如く宙を泳ぐそれには、たった1つ、水色の鋭い光が浮かんでいる。クランチは、不可解な黒い煙に身体を掴まれ、幹に叩きつけられていた。
「待て、止めろ! 放せ!」
アクセルは獣の吠え声混じりに訴え、その黒い存在に飛びかかる。だが、あっさりと擦り抜け、地面に転げた。
振り返ると同時に眼が眩んだ。向けられる光が強すぎるあまり、クランチを探すどころではなくなる。
クランチの悲鳴の、もっと奥の方に耳を澄ませる限り、不意に襲いかかる黒い何かは、浴びせられる抵抗など効いていない。
アクセルは、どうにか片眼だけを開くと、太く立ち込める黒煙に突進する。しかし、触れたとたん、冷たい気体が肌を這う様で、体内に漲る熱が一気に冷めていく。
「君はそこで待つんだ」
聞き慣れない力強い声に、アクセルが眼を見開くのも束の間――冷たい黒煙に胴体を絡み取られ、木に押しつけられた。
首から胴体、足へと根の様に絡みつく黒いものの力は、骨を軋ませるほどであり、振り解けない。剥ぎ取るにも掴めず、更なる焦燥が、喉を破らんばかりの威嚇に変わる。
途端、細い白銀の筋が、矢の如く幾つも放たれた。それらは、クランチの顔や身体を貫くと、膜に変わり、その身を包もうとする。
その時、アクセルは漸く水色の光を捉え、眼を疑った。クランチを包む膜は、みるみる鏡に変わっていく。そこには、歪な存在が放つ黒煙や、今度は青色の光が反射していた。
「待て、殺すな!」
クランチの死が過る瞬間、アクセルは、焦りに吠え飛ばす。だが、その口すらも、首を掴んでいた黒煙に覆われ、頭部が幹に押さえつけられた。
黒い何かは、次第に人の形を露わにする。眺めることしかできないアクセルは、再び水色になる光が、その者の眼であると気づいた。
その眼光を鋭く跳ね返すのはピストルであり、鏡でできているのか、互いの反射光に、またも眼が眩んでしまう。
アクセルは、瞼の隙間から捉えた光景に、堪らず声を上げた。銃口がクランチに向けられており、アクセルは撃たせるまいと、掻き毟った木の皮を、その者に投げつける。それでも、相手はこちらを見向きもしない。
クランチは、四肢で抗うだけになる。しかし、黒煙の何かを睨み続けていた。
相手は汗水を流し、表情が険しい。息をするのもやっとか、肩が大きく上下しており、クランチは、苦し紛れの嘲笑を漏らした。
『陽炎め……貴様も鼻が効くのなあ……』
陽炎と呼ばれる背の高い存在は、クランチを掴んでいた腕を大きく振り払う。と、その動きに合わせて、腕に絡みついていた黒煙が、宙に高々と伸びると、クランチを激しく地面に叩きつけた。
「眼がいいって言ってもらいたいね。ステファンをどこに隠した」
2つの歪な存在が言い合う最中、アクセルは、塞がれる口からどうにか吠え声を絞り出す。陽炎を操るその者は、光が灯されていない、本来の目と思しき瞳をそっと向け、アクセルを鎮めていく。
『隠すだ? 愚かな……我々は魔物とて、獣。あいつは、その血に従うだけのこった。てめぇで探し当てろ、お眼が高ぇ盾様。最期まで、罪人から“世界を守るフリ”でもして、滅べ』
クランチの嘲りが響き渡る。
まるで全身から陽炎を放出させる彼は、寸秒、言葉に詰まり、歯を軋ませる。
「お片付けの時間だ……負け犬がっ……!」
やっとこぼした言葉に怒りを滲ませ、彼は、クランチに覆い被さると、その口に銃口を捻じ込んだ。その拍子に、ピストルの表面に表示された、赤のデジタル数字が視界に触れる。カウントダウンするそれは、もうじき1分を切ろうとしていた。
『ああなんだ……もう時間がねぇなあ!』
クランチの悪戯な眼差しと、多様の青に光る片眼が克ち合った時――トリガーは引かれた。
喉から体内を流れる熱に、クランチは悲鳴をも焼き切られていく。
地面から幾つも上がる銀の閃光は、とうとうクランチを鏡の膜で包んでしまう。その刹那――破裂音が、ガラスが飛散する様に響いた。銀の光の瞬きが周囲に散ると、そっと消えていく。
アクセルの口元から陽炎が剥がれると、クランチを叫ぶ声が溢れる。だが、陽炎を操る彼は向きを変え、迷いなくアクセルに迫った。その眼差しは焦りに満ち、蒼色の眼光が拡がっていた。
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サスペンスダークファンタジー
COYOTE
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