11
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レーザーの演出が暗がりを退かしていた。ライブの音が、だんだん低い響きを立ててくる。会場の騒ぎと匂いを辿るにつれ、いよいよ、警官の盾が見えた。
アクセルは足を止めた。離れた先のステージにいる、蟻の大きさほどの人影に眼を凝らす。そこはまるで、春の森の様に華やかだった。多くの香りが鼻を突いてきても、やはり、唯一違う匂いが引き立っている。じっと意識すると、どうやら、ステージからのものではないようで、小首を傾げた。
大衆とフェンスを挟んでいるせいで、情報が掴みにくかった。だが、下手な動きを取り、新たな騒ぎを起こすのは避けたかった。そんな強い意思もずっと、1本の杭になって、胸に打たれたままになっている。
茂みに身を屈めたまま、ステージ横が見える辺りまで小走りした。パトカーが多いが、どうしてもその方向が気になった。
片やクランチは、お目当ての匂いがしないと言って騒がしい。
『おい。ありゃあ俺が欲しいもんじゃねぇぞ』
アクセルは、集中を乱してくるそれに舌打ちする。
「馬鹿にすんな。お前ぇが花に興味ねぇ事くらい、分かってる」
それに耳を尖らせたクランチは、溜め息と思しき強い鼻息を放った。
『この出来損ない! 花じゃねぇ、ありゃどう嗅いでも雌の人間だろうが。それも骨ばっかで不味そうな』
途端、アクセルはクランチを威嚇し、歯を剥いた。互いに銀の眼光をぶつけ合い、歯を鳴らす。
そこへふと、溢れた怒りが払い除けられていく。アクセルは、ゆっくりと瞬きをした。
何故、クランチを噛みたくなったのだろうか。自分が嗅ぎつけているのは、花にそっくりな、甘い香りのはずだというのに――
警察の視界に触れる限界にまで来ると、茂みの後方の木に身を潜めた。この時アクセルは、辺りの彩りが把握できることから、視界が元に戻っていることに気づくと、目を見張る。
手足を舐め回す様に眺めた。首を振り、毛先を見てみても、銀の光はどこにもない。心は極めて穏やかで、少し前に威嚇を放った自分が信じられなかった。安堵するどころか、目を左右させてしまう。
そっと顔を上げると、大きな影が靡いた。はためく銀のフラッグが、ステージを覆ってしまう。
揺れる文字を目で追いかけても、意味が解らず、肩を落とした。そして、何を探そうとしているのかさえも、次第に見失っていく。
ここまで来た事が無駄になっていく。これまでのアクションが、音を立てて崩れていくのを感じると、熱いものが、胸の奥から沸々と込み上げた。やがて焦燥は、忘却に導く銀の光で、再び身体を染め始める。
見つけられない――そこに、探すべきであろう何かがある様な気がしていたのに。
アクセルは頭を抱え、苦しみに身を捩る。熱すぎる身体に、堪らず幹を引っ掻いた。その拍子に、ポケットから手帳が落ちた。それにも気づかず、肩で息をしながら地面を這い、ここから離れようと、眼光が森林の奥を照らす。
クランチは、彼の有様を声もなく笑った。被毛が逆立ち、細かな光を鋭く走らせ、新生物の苦しみを愉しんだ。低い哂いは、緩やかな嗤いに変わり、虚仮にする。
『真の救いとは、今すぐこの場からずらかる事だ、アックス。何度でも言うぜ。こいつぁ、馬鹿げた人間に訪れた、抗えん運命だ!』
その刹那――場違いな衝突音が轟いた。まるで、厚い鉄と鉄を打ち鳴らした様な、扉の閉鎖音にも似たそれは、アクセルとクランチを振り向かせる。
森の奥へ続く路を、真っ黒な煙が立ち込め、膜を引くように遮っていた。その中に垣間見えるのは、青とも水色とも取れる、1つの力強い光。揺らめく黒い靄のせいで、アクセルは、何が居るのかが分からなかった。すると、聞き慣れない声がした。
「随分なことしてくれるじゃないか、使い魔君……未だ手強いことをしてくれて……でも、僕は見つけたよ……君……いや……“君達”の負けだ」
萎れかかる声だが、自信に満ちている様だった。誰かは、悪戯に歯を見せると、鏡の様に艶やかな銃口を向けた。
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サスペンスダークファンタジー
COYOTE
2025年8月27日完結
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