8
それからの生活は、野生動物そのものだった。それを敢えて選択した目的を、クランチはいつも虚仮にしてきた。
『あいつが元の暮らしに戻ったところで、何になる』
「その価値を分からせてやる。最初に俺を噛まなかった事を後悔するんだな」
クランチは、鋭利な銀の被毛を震わせるだけで、何も言い返さなかった。
獣の身体になった以上、大人しくそのまま生きろ――そう言いた気の態度だった。だが、言いなりなどなれる訳がなかった。
アクセルは、日々の忘却に抗いながら、地道に策を練り続けた。そして行動は深夜に絞り、時間を変えながら、ホリーの場所探しを進めた。
ステファンが猟師を襲撃しかけようものならば、阻止に徹した。その度に、彼の怒りの矛先はアクセルに向けられ、負わされる傷や銀の液の量は計り知れなかった。
それでも立ち上がれるのは、ステファン自身に根付いている襲撃の欲――歪んだ希望に似た強い願いが、自分自身にもあるからだった。
アクセルは、目的を果たそうとする最中、自分が人である事も意識し続けた。そして考えを巡らせている内に、未だ明かされていないもう1つの存在――“別の道具”について、疑問が膨らんでいった。
ある夜。ホリーの場所に辿り着けないまま森を歩いている時、先を行くクランチに問いかけた。
「近頃は、何だか都合が悪そうだな」
しかしクランチは、聞こえない素振りをしているのか、アクセルを見向きもしない。アクセルは、暫しその後姿を睨むと、仮説が色濃くなるのを感じ、薄ら笑みがこぼれた。
「お前が俺とステファンを監視する頻度が減ってる。理由はまさか、あれか? せっかくの改良品が、奪われそうになってるのか? 厄介モンとかいう“別の道具”が、邪魔してるとか」
すると、クランチが足を止めた。低い威嚇が、冷ややかな風と共にアクセルを擦り抜けていく。眼光を向けてくるクランチに、アクセルもまた同じ眼を向けると、図星なのかと冷笑してみせた。
以前、自分は土から来たのだと話したクランチは、自身を“自然”と呼び、人間のこともよく見てきた。
アクセルは、これまでのクランチとの対話の中で、自分やステファンが道具呼ばわりされている事を気にしていた。使う者がいるから自分達の存在が成立する――そう読んでいた。その対象がクランチなのか、他の仲間なのかとも考えていた。ところが
「他のコヨーテ達はどうした。俺が知る限り、5頭はザラにいたろう。何が起きてる」
今や、コヨーテはクランチしか見かけなくなっていた。殺されているならば、それはそれで引っ掛かる。だが、彼等の上に立つとされている別の存在――他の動物達や蟲が“神様”と呼んでいる存在が、何かを企んでいるのだろうかと、アクセルは睨んだ。しかし、クランチは焦燥を見せるだけで何も答えなかった。そしてお決まりの様に
『知ったところで無駄だ。お前は、世界は、どうせこれを忘れ、終わる』
いやらしく歯を見せる表情は、まるで、その時が訪れるのが当然だと言っている様だった。
世界が終わるとはどういう事なのか――それを聞ける日は、来なかった。
-----------------------------------------
サスペンスダークファンタジー
COYOTE
2025年8月27日完結
続編「Dearest」当日同時公開
Instagram・本サイト活動報告にて
投稿通知・作品画像宣伝中
インスタではプライベート投稿もしています
インスタサブアカウントでは
短編限定の「インスタ小説」も実施中
その他作品も含め
気が向きましたら是非