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――失踪してからの始まり――
パトカーの音が聞こえなくなる頃には、陽が落ちていた。熱すぎる身体は、じわじわと増してくる寒さすらも忘れさせていく。
森林を進み続ける間、足元には銀の靄が絶えず立ち込めており、痕跡が消されていった。人が踏み入らないエリアは、散策ルートと違って舗装されておらず、険しい山道になっていた。害獣とされるコヨーテ除けの鉄柵は、生き方の違い――別世界の始まりを強調する境界線だった。
人の匂いもまた、遠ざかっていく。胸を疼かせてくる、やり場を失くした感情は、歩いている内に治まっていった。手は再び、ジャンパーのポケットに移る。
アクセルは、スマートフォンやウォークマンに眉を寄せた。馴染みがあると分かっていながら、それらに対する思い入れや、扱い方が浮かばない。だが、これらの中に何かがあると嗅ぎつけると、地図を広げるように手帳を取った。
真ん中まで捲った時、足が止まった。そして、先を行くステファンを呼び止めた。彼は、こちらが見えているかどうか定かでない眼差しを、肩越しに向けてきた。
「あんたの奥さんと子どもの事、手伝わせてほしい。“きっとやれる”」
言い終わりは、手帳の中の締め括り通りだった。そのページの文章は、どのページのものよりも筆圧が濃かった。力んでいた事や、今の自分に向けて強く主張しているのが、匂いとして伝わってくる。そして、そこに挟まれていた1枚の紙が、ある記憶を引き出す大きな後押しになった。
ステファンは、アクセルに手渡された紙を弱々しく受け取る。それは、MISSING PERSONのままの彼の情報だった。
「あんたが持ってるのが一番古いやつだと思う。それは絶対に失くすな。そこに残ってるのは多分、ホリーの匂いだから。けど、こっちは印字がクリアだ。奥さんを探すのに使えると思う」
アクセルは言いながら、再び胸の熱が込み上げてくるのを感じた。不快なものではない、もっと以前から感じていたものに思える。
その感覚を、手帳に濃く記された指示に重ねていく。これが、当時に抱いていた感情なのなのかもしれない。そう思うほどに、自分自身がまだ失われていない事に気づけた。
ステファンは、穴が開きそうなほどじっと用紙を見つめてしまう。アクセルの言葉や、文字にも妙な感覚がし、首を傾げた。まるで頭と心が別れている様で、不気味だった。なのに、手元の情報やアクセルを遠ざけるどころか、むしろ目を惹こうとする。
そこへ、街で彼が放った言葉が、ふと甦った。それは、全身に微かな痺れとして残っており、やっと、口が応えようと動き出した。
「……守り……た……かった……」
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サスペンスダークファンタジー
COYOTE
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